時の流れは風のように早く、町も、人も、それと共に変わっていきます。

風子がたくさんの光に導かれて目を覚ましたあの日から、どれだけの時間が過ぎたでしょうか。

夜になると布団に入って眠りにつく。

やがて朝が訪れ、目を覚ます。

そんな当たり前の日々。

日常という大切な時間の中に、風子はいました。

一番の思い出となったあの学校を卒業してから数年……。

おねぇちゃんを目標に、風子はがんばってきました。

風子にとって、おねぇちゃんは姉であり、母であり、憧れでした。

そして、おねぇちゃんにとっての祐介さんがそうであったように……やがて風子にも好きな人ができて、その人と一緒に支え合って生きていたら、いつの間にか風子もおねぇちゃんと同じ母親になっていました。

いえ、正確には「いつの間にか」というのは語弊があるんですけど……それについてはノーコメントです。

とにかくっ、風子にも子供ができたんです。

風子はその子に、好きな人の名前から一文字、風子から一文字、そして……おねぇちゃんから読みを取って、『光子(こうこ)』と名付けました。

え? 風子のことだから『ヒトデ』と名付けると思ってた、ですか?

失礼です。いくら風子でも、自分の好みを娘に押しつけたりしません。もちろん光子がヒトデを好きになってくれたらうれしいですけど。

ですが! これで風子のヒトデ愛がなくなったのかといえば断じて否ッ! 両手を合わせて大きくバツ印を作ってしまうほどに、激しく否定しますっ!

そこで今回は、風子不滅のヒトデ愛……新・ヒトデヒロイン誕生秘話をお送りしましょう。

CLANNAD 10years after ~風子~

久しぶりに汐ちゃん家に遊びにいった日、それがすべてのはじまりでした。

風子自身が忙しかったこともあって、このアパートに来るのは実に数年ぶりです。

「んんーっ」

階段の下の狭い通路で近道しようとしていきなり頭をぶつけました。背中の光子を見ると、すやすやと眠っています。

「ふぅ……」

思わず安堵の息をつきます。いつもの癖でここを通ってしまいましたが、今日は光子も一緒なので危ないです。デンジャーゾーンです。なので、遠回りして部屋に向かいました。

汐ちゃんとは町なかで可愛い匂いを感じて偶然会ったりもしましたけど、渚さんや汐ちゃんのヘンなお父さんと会うのは本当に久しぶりです。風子は少し緊張しながらドアの脇にあるチャイムを鳴らしました。

「はーいっ!」

ドア越しでもよく通る元気な声。この声と匂いは汐ちゃんですっ。

「風子ですっ。遊びにきました」

すぐにドアが開き、汐ちゃんの笑顔が目に飛び込んできました。

「こんにちはっ、ふぅちゃん」

「汐ちゃんっ! 久しぶりですっ」

んーっ、相変わらずお持ち帰りしたくなる可愛さですっ!

それにしても汐ちゃん……しばらく見ないうちに随分とワイルドな風格を漂わせるようになってます。眠っていた野性が目を覚ましたのでしょうか。

昔は汐ちゃんを妹にしたいと思っていた風子ですが、今は光子の姉としてワイルドな汐ちゃんを娘にしたいですっ。

「んーっ、相変わらず可愛いですっ」

「えへへっ、くすぐったいよ~」

「……」

感動の再会で汐ちゃんを抱擁していると、汐ちゃんの後に現れたご両親がなぜかその場で固まっていました。久しぶりすぎて言葉もないくらいの、感動の再会シーンが始まるのでしょうか。

「まさか……風子、か?」

「もしかして……ふぅちゃん、ですか?」

感動の再会シーン最初の言葉は、夫婦揃って同じでした。

「ふたりともぷち失礼です。まさかもマサカリもマサイ語もないです。もしかしなくても風子です」

「マジかよ……」

「びっくりしました……」

「そういえば渚さん、しばらく会わないうちに背が縮みましたね」

「ふぅちゃんが大きくなったんですっ」

ふたりとも目を丸くして驚きを隠せない様子でした。

確かに風子が目を覚ましてから長い年月が経ちました。その間に風子はあの学校で遅れてきた思春期を経験しましたが、この様子だと遅れてきた成長期もいつの間にか体験していたようです。

思い返すと確かに最近は小学生に間違われることもなくなりましたし、映画館でもわざわざ自己申告しなくても大人料金で入れるようになりました。

これは……! ついに風子の時代がやってきましたっ!

「風子の大人の風格に、ようやく体のほうがついてきたようです……」

「中身はまったく変わってないみたいだな」

「ふぅちゃんももうお母さんですから、そんなことないと思います」

「そりゃ確かに。立派な大人だな」

「やっとわかっていただけましたか。風子、やばいくらいに大人です」

「まぁ、大人でなきゃ子供ができたりはしねぇよな」

「朋也くん……いやらしいこと考えてます」

「最悪ですっ!」

「パパのエッチ」

「冗談だって! 汐までそんな目で見ないでくれぇ!」

悶える汐ちゃんのお父さんは放っておいて、部屋に上がらせてもらいました。

「この子が光子ちゃんですか?」

抱っことおんぶ両方で使える万能アイテム、ベビーキャリーの中で眠っている光子に渚さんが気づきました。風子がそれに合わせて少し屈むと、汐ちゃんも目を輝かせて覗き込みます。

「かわいい……!」

「はい。風子が言うのもなんですが、とても可愛いです」

渚さんが敷いてくれた座布団に腰を下ろすと、ベビーキャリーから光子を降ろします。

「汐ちゃん、抱っこしてみますか?」

「いいのっ?」

「もちろんです」

眠っている光子を起こさないようにゆっくりと、両手を広げた汐ちゃんに預けます。

寝る子は育つと言いますけど、光子は一度寝ると並大抵のことでは起きません。大物です。

「すごくかわいい……」

光子を抱っこする汐ちゃんも、すごく可愛いです。

「汐ちゃんには光子のお姉ちゃんになってほしいです」

「うん」

「では一緒に帰りましょう」

光子を抱っこする汐ちゃんをさらに抱っこするようにして立ち上がります。

「こらこらっ、親の前で堂々と誘拐するなっ。まだ諦めてなかったのかよ」

「誘拐じゃありません。本人の希望です。汐ちゃんも、光子の姉になってくれると言いました」

「うん、光子ちゃんのお姉ちゃん」

「お、おい汐……」

「でも、あたしは岡崎汐だから。あたしんちはここだから。あたしの大好きなパパとママがいるこの場所で暮らしたいの。ごめんね、ふぅちゃん」

「汐……」

「しおちゃん……」

はっきりと自分の意志を口にする汐ちゃんに、渚さんもヘンなお父さんも感動しています。風子も感動してしまいました。

「わかりました。風子は汐ちゃんの意志を尊重します。では、光子の最初の友達になってくれますか?」

「うん、もちろん!」

「ありがとうございます。汐ちゃんのピンチには光子と一緒に駆けつけますので、その時は一緒に遊びましょう」

「うんっ!」

こうして汐ちゃんを光子の姉にする計画は失敗しましたが、光子に最初の友達ができました。

物心着く前からの友達……幼なじみというものは、きっと光子の支えになってくれると思います。それがあの汐ちゃんなら、なおさらです。

☆☆☆

汐ちゃんたちとの再会から数日経ったある日。

風子はいつものように朝起きてご飯を作り、お仕事に出かける大好きな人を光子と一緒に見送ると、ベビーカーに光子を乗せて一緒に出かけます。

「ではおねぇちゃん、今日は光子をよろしくお願いします」

「任せて。ふぅちゃんも頑張ってね」

「はい、がんばりますっ」

風子たちは共働きなので、休みの日以外はおねぇちゃんに光子を見てもらっています。

ここでおねぇちゃんに頼るのはよくないと思い、最初は職場に光子を連れていこうかとも考えたのですが、逆におねぇちゃんに怒られてしまいました。

なので、今はおねぇちゃんの厚意に甘えています。

風子は小さい頃からおねぇちゃんに甘えてばかりでした。いつの日か、今度はおねぇちゃんが風子のほうに甘えてもらえるよう、今はがんばります。

「せんせー、バイバ~イ!」

「バイバイですっ。明日はもっとすごいものを作りましょう」

「うんっ!」

最後の子に手を振って見送ると、室内に戻って自分の席につきました。

今日のお仕事もあと一息です。

「おつかれさん」

「んーっ、冷たいですっ」

残りのお仕事が一通り片づいたところで、突然ほっぺに冷たいものを当てられました。

振り返ると、隣のクラスを受け持っている先生が紙パックのジュースを手に持っていました。

「ほい」

「ありがとうございます」

礼を言ってフルーツ牛乳を受け取ります。

この人は風子がここに来た時から一緒に働いている先輩です。仕事の席も隣同士で、風子と同年代なこともあって仲良くしてもらっています。

「んー、甘くておいしいですっ」

「ほんっと、幸せそうな顔して飲むわねぇ。こっちも嬉しくなってくるわ」

「幸せですから。うれしいことを我慢しても仕方ないです」

「そりゃそうね。だけどあんたの場合、無防備すぎて心配になるのよねー」

「風子、無防備じゃないです。こう見えても装備は防具から固めるタイプです」

「前から思ってたけど……あんた、その喋り方――っていうか自分のこと『風子』って言うのどうにかならないの? 見た目とすんごいギャップあるんだけど」

それはいわゆるギャップ萌えというものでしょうか。

「ときめきましたか?」

「ときめかないわよっ!」

いきなり否定されました。ぷちショックですっ。

「ギャップ萌えは趣味じゃなかったですか」

「趣味とか以前にあんた女でしょうが。……あ、言っとくけど、あたしはバイじゃないからねっ!」

「バイってなんですか?」

「知らないならいいわ……」

自分から話を振っておいて途中で終わらせてしまいました。気になります。

バイといえばbuy、by、bye……んー、どれも違う気がします。何かの略称でしょうか。

バイプレイヤー、バイキンマン、バイオライダー……ん、バイオライダーはなんだかしっくりきます。一度でっかいバイクの後ろに乗せてもらったことがあります。あれはとても恐ろしい乗り物でしたが、この人はライダーです。間違いありません。

「バイは強くてかっこいいですが、あまりにも強すぎるのが考えものです」

「わけわかんないけど間違ってるわよ。ていうか、あんたみたいな純粋な子は知らなくていいことだから」

「その言い方は逆効果だと思います」

その時! 風子の身体を激しい稲妻が駆けめぐりました。

これが前世の記憶というものでしょうかっ。風子の脳内に突然、どこかで見た風景が浮かんできました。

「……危機が迫っています」

「なによ、突然」

「汐ちゃんに、危機が迫っているんですっ」

先日、汐ちゃんの可愛い匂いを覚えなおしたおかげでしょうか。

汐ちゃんセンサーのゲージがぐいぐい上がり、汐ちゃんのピンチを知らせてきます。このゲージの輝きは……今までにない光ですっ。

「なので、風子はちょっといってきます」

「ちょっ、ちょっと! 仕事はっ?」

「今日の分はもう終わりましたので、お先に失礼しますっ」

「えっ? ……ほんとだ早っ! ますます見た目とのギャップがっ」

風子はその名の如く風となって、外に飛び出しました。

「待ちなさいって! あたしもいくからっ」

そう言いながら、風と化して外まで出てきた風子にすぐ追いついてきました。なかなかやりますっ。

「あんたの言う汐ちゃんって、岡崎汐ちゃん?」

「そうです。あなたも汐ちゃん狙いですか」

「違うわよっ! 汐ちゃんはあたしの友達の子で、あたしの教え子よ」

「幼稚園のですかっ?」

「当たり前じゃないの」

「んーっ、うらやましいですっ! あと数年早ければ風子も汐ちゃんの先生になれたかもしれませんっ」

風子が汐ちゃんの先生……想像しただけでヒトデ祭りですっ!

……

…………

………………

「……はっ」

「やっと帰ってきたわね……」

「なにがですか? 風子、どこにもいってません。むしろこれからいくところです」

「その話は今はいいわ。で? あんたは汐ちゃんとどういう関係なのよ」

「汐ちゃんは妹、もしくは娘にしたいグランプリ2017王者です」

「ぜんっぜん意味わかんない」

呆れ顔でため息をつかれました。ぷち最悪です。

「ここに汐ちゃんが?」

「違います。ここは風子の実家です」

「ちょっとっ! 汐ちゃんはどうなったのよっ」

「まぁまぁ落ち着いてください。汐ちゃんの危機は逃げません」

「なんかあんたの落ち着きっぷりがだんだん腹立ってきたんだけど」

インターホンを押すと、おねぇちゃんが庭のほうからベビーカーを押しながら出てきました。花の水やりをしていたのでしょう。

風子はあそこに置いてあるサボテンのトゲが刺さりまくった苦い経験があるので、庭にはあまり近づかないようにしてます。

「あら、お友達?」

「はい」

「あ、どうも。西野さんと同じ幼稚園に勤めてます、藤林です」

「あらあら、ご丁寧にどうも。私は姉の公子です」

おねぇちゃんと藤林さんが頭を下げあって挨拶しています。

風子は単刀直入にズバッと本題を切り出しました。

「迎えにきました」

「うん、わかってる」

「ありがとうございます」

「また明日ね、ふぅちゃん」

「はい、また明日ですっ」

「藤林さん、こんな子ですけど、仲良くしてあげてくださいね」

「あ、はい。もちろんです!」

光子を引き取って、実家を後にします。

いよいよ汐ちゃんのところへ向かうために匂いの方角を定めていると、藤林さんがしゃがみ込んでベビーカーを覗いていました。

「くっは~、可愛いわね~」

「はい。やばいくらいに可愛いです」

「この子は?」

「光子です」

「訊いてるのは名前じゃなくて……ていうか『こうこ』ってお姉さんと同じ名前じゃない。その子、お姉さんの子供?」

「いえ、風子のです」

「……え」

「風子の娘です」

「ええええぇぇーーーーっ!」

藤林さんが大げさにポーズを取って驚きました。とても失礼なリアクションです。

「どうしてそんなに驚くんですか」

「あんた結婚してたの!?」

「はい」

「初耳なんだけどっ」

「聞かれませんでしたから」

「あー……それは正論ね」

「指輪も持ってます。仕事の時はしてませんけど」

風子はヒトデのポシェットから一番の宝物を取り出しました。

「それに風子くらいの年齢ですと、子供がいてもぜんぜん不思議じゃないです」

「う……確かにそうなんだけど、なんかショックだわ……」

「そんな目で見られていたことに風子はショックです」

「いや、あんた可愛いしさ、なんていうか……スタイルもよさそうじゃない? でも性格がねぇ……」

「そこはかとなく褒めているようでいて、実はぜんぜん褒めてないですっ」

ショックの連続ですが、今は風子のことより汐ちゃんが大事です。

風子は頭を切り替えると、改めて方向を定めました。

「では、急いで汐ちゃんのところに向かいましょう」

「この子も連れてくの?」

「もちろんです。約束しましたから」

ベビーカーの押し手をバシッとつかんで、出発の準備完了です。

「これぞ、子連れヒトデです」

「はいはい」

軽く流されました。ぷち最悪です。

「オレらの年になってもまだ『パパ』とか呼んでるなんて……そういうのファザコンってゆーんだぜ!」

「うん、あたしファザコンだよ。パパ大好きだもん」

「認めちゃうの!?」

風子たちが駆けつけると、汐ちゃんが男の子たちと口論していました。

「汐ちゃんがいじめられてますっ」

「いや、そうと判断するにはまだ早いわよ」

すぐに飛び出そうとする風子を、藤林さんが制止しました。

「男の子ってのはね、よく好きな女の子にちょっかい出したり、からかったりするのよ。屈折した愛情表現、好意の裏返しね」

「経験談ですか」

「ち、違うわよっ! あたし女だしっ」

そんなつもりで言ったわけではないのですが、なんだか動揺してます。図星だったのでしょうか。

「とにかく、今は様子を見ましょ」

「そんな悠長なことは言ってられません」

「ここに来るまでめちゃくちゃ遠回りしたあんたに言われたくないわね……」

確かに汐ちゃんの成長を見守ってあげたい気持ちもありますが、過保護な叫びが汐ちゃんを助けろと風子を呼んでいます。

「すぐに汐ちゃんを助け出してきますので、少しの間だけ光子を見ていてくれますか」

「そりゃ構わないけど……本気?」

「風子はいつだって本気です」

光子を藤林さんに預けて物陰に移動した風子は、懐から木彫りのヒトデを取り出して大きく空に掲げました。

「すたーふぃっしゅ・えくすぷろーじょん!」

自分で説明しましょう!

風子は木彫りのヒトデに風圧を受けることで、グレートヒトデマンに変身するような気がします!

「とぅっ!」

バリバリッと稲妻を背負って、汐ちゃんたちの前に颯爽と姿を現す風子。インパクトある登場シーンです。

「汐ちゃんをいじめる悪のヘンな人たち、このグレートヒトデマンが許しません!」

今ここに、新しいヒトデヒロインが誕生しました!

グレートヒトデマンは汐ちゃんの自由と、ついでに町の平和のために、闇の岡崎結社ヘンナヒトタチと戦うのです!

「…………」

「…………」

「……なにしてるの? ふぅちゃん」

――終わり。

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感想などをお題箱で伝えてくれたら嬉しいです!

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「CLANNAD 10years after ~風子~」後書き

CLANNAD10周年記念SS第8弾、風子アフターでした。

今回のSSに登場した風子の容姿は、こんなイメージ。

伊吹風子Keyコミケセットテレカイラスト

和歌山県熊野参詣道滝尻王子のポスター、またはコミケ68のKeyグッズセット2枚組テレカに描かれた風子。このイラストが妄想の原点となっています。

ぐいぐいと積極的に引っ張っていってくれそうな感じの風子です。体のラインがよくわかる服装で、その体型はなかなかグラマー。比較対象がないのでなんとも言えませんが、身長も低くは見えません。それを「いたる絵だから」と「ゆでだから」ばりに片づけるのは簡単ですが、そこから想像を広げるのも楽しいものです。

最初はいつまでも小さいままの風子を想像してましたが、この絵を見てからは今作のように成長した風子を想像するようになりました。身長やスリーサイズは渚や杏たちを追い抜いて智代と同程度になってるという妄想。

私的脳内妄想がかなり前面に出ていて、CLANNAD本編の風子とは180度異なるキャラ付けになってますが、風子の本質を考えるとこんな未来もありかな?なんて思います。私的設定を受け入れてもらえるか不安だけど、少しでも楽しんでもらえたら嬉しいです。