one chance,one shot,one kill.

一度きりのチャンスを逃さずに、一発で確実に敵を倒す。それがスナイパーの鉄則。

赤い稲妻ゾリオン。一昔前に流行ったらしい、体に取りつけたセンサーを射撃し合って遊ぶ対戦型のおもちゃだ。

正面から狙撃しなくては効果がないこの銃では、なおさらこの鉄則が重要になる。

そのためにはまず、敵に気づかれないように待ち伏せなければならない。

「……」

曲がり角に身を潜めて三十分ほど経った頃……女の子ふたりの姿が見えた。

まさかわたし以外に女の子が参加しているとは思わなかったので、少し驚く。

わたしが通っていた高校の制服を着たそのふたりは、喋りながらこちらに歩いてくる。あまりにも無防備だった。

本当に参加者なんだろうか。

スコープ越しにその胸元を見ると、参加者の印であるセンサーがつけられていた。

やっぱり参加者に間違いないみたい。

相手はふたりなので、反撃の可能性を考慮しなくてはならない。

髪を束ねているリボンを後ろ手にきつく締めると、不思議と身も引き締まる。

ちょっと気が引けるけど、これも勝負。悪く思わないでね。

片方の女子生徒に狙いをつけると、心の中で謝ってからトリガーを引いた。

「なっちゃんがピーンチ!」

瞬間、唐突に視界の外から現れた男子生徒がもう一方の女子生徒の体を押す。それによってわたしの狙撃は別の女子生徒のほうに命中した。ビィィィーーッというアラームの大きな音がここまで聞こえてくる。

「んーーっ! 最悪ですっ。ヘンな人のせいでやられてしまいましたっ」

「いやぁ、悪い悪い。ほかに手段がなかったもんで……」

何やら向こうが内輪揉めしている間に第二射の準備を整える。

「なっちゃん、あっちの曲がり角だ!」

「う、うんっ」

気づかれた!

動揺を抑えて冷静に第二射を撃つ。女子を遮るように立っていた男子に命中し、アラームが鳴った。

「俺の屍を越えていけぇーっ!」

残った女子がわたし目がけてトリガーを引くのが見えたか見えないかくらいのタイミングで建物の陰に身を引く。

あとは……相手が来るのを待つか、身の危険を承知でこちらから仕掛けるか、だ。

迷っている暇はない。わたしはすぐに決断し、タイミングを計る。

一、二……三!

横目で相手の姿を確認しながらまっすぐに道を駆け抜け、振り向きざまに撃つ!

ビィィーーッ!と耳をつんざくようなアラーム音が鳴った。

これで14人……参加者の半数を倒してきたことになる。

わたしがこの町に初めて来たあの日から、何年の月日が流れただろう。

その区切りとなるであろう今年も、やっぱりあの人との闘いは避けられないようだった。

CLANNAD 10years after ~芽衣~

ゆらりと空気が揺れる。

わたしはその気配を察知して、すぐに草むらへと身を隠す。

そこはパン屋の目の前にある公園の中。ここが最終決戦の場となりそうだった。

がさっ、と木の枝が揺れる音がした。

上から……来る!

とっさに前方に身を投げ出し、そのまま前転して地面を転がる。

三、四回転したところで片足を踏ん張って、その反動で一気に立ち上がった。

「……」

案の定、相手の姿は見えない。ヒット&アウェイ……一撃離脱があの人の戦い方だ。

そしてそれは、正面からセンサーに命中させなければならないこのゲームにおいて、最も合理的な戦い方だった。

視界が開けたこの場所にいては絶好の的になってしまう。わたしはすぐに公園の端……シーソーの陰に身を隠した。

「……ふぅ」

止めていた息を吐いて、慎重に周囲を見回す。グリップを握る手に汗が滲んでいた。

ずず……ずずず……。

近くでかすかに、何かの動く音がする。

聞き耳を立てて音の発信源を辿ってみると、それは目の前の砂場からだった。

ま、まさか……。

「ミスターサンドマン参上!」

ざばあっ!

いきなり砂場の中から巨大な影が現れた。

「嘘でしょ!?」

さすがのわたしも面食らう。その隙を相手が見逃すはずはなかった。

「もらった!」

不意をついた一撃に対し、わたしは反射的に身を反らす。

長年の経験による回避。頭で考える前に体が動いていた。

「はっ!」

身を反らしながら銃を構え、逆さまに見えてくる公園の景色の中から"それ"を狙って撃つ。

「なにっ!?」

思った通りわたしの一撃は"それ"……街灯に当たり、相手のほうに反射された。

それがセンサーに命中するなどとはわたしも思っていない。だからわたしは次の手を打つ。

相手の隙を見て駆け出すと、おもむろにポケットへ手を突っ込んでエチケットブラシを取り出す。

片手でそれを開いてベンチに放り投げ、自分はそのまま相手の正面を狙い撃つ!

「おっと危ねぇ!」

言葉と違い、危なげなく避けられてしまった。こちらが撃つのを見てからあの回避……相変わらずものすごい反射神経だった。

「今度はこっちからいくぜ!」

相手の反撃を横っ飛びで避ける。

一、二……三!

数を数えながら横に転がり、さっきと同じように片足を踏ん張って立ち上がる。

その場所とベンチと相手の位置を結べば、ちょうど三角の和が等しい正三角形になる。それはつまり、絶好の反射角だった。

「はっ!」

ベンチに置いたエチケットブラシの鏡に向けて、乾坤一擲の一撃を放つ。

この時、わたしは考えもしていなかった。

絶好の反射角となる位置取り……それは相手にとっても同じ条件だということを。

びいぃぃぃぃーーーーーーーーっ!

直後、ふたつのアラームが同時に鳴り響いた。

「今年も引き分けか……」

「……みたいですね」

息をついて銃を下ろす。

「決着はまた次回に持ち越しだな」

「残念ながら、次回からは参加できないと思います」

「なにぃ!」

オーバーリアクションで大げさに驚いていた。

「この町を出るのか?」

「いえ、そうじゃありませんけど……」

「へっ、なら再戦はいつだってできらぁ」

ニカッと悪戯っ子みたいに笑ってみせる。わたしも釣られて笑った。

「まぁ、そうかもしれませんね」

わたしたちは互いに笑い合い、ひとつの区切りとなるであろうこの闘いは終わりを告げた。

戦い終わって、涼しい風が火照った体に心地良い夕方。

見上げれば、そこには綺麗な夕焼け空がどこまでも広がっていた。

わたしが初めてこの町を訪れたのも、今日みたいに夕焼けが綺麗な日だった。

サッカーの特待生としてこの町の学校に入学した兄がサッカーをやめてしまい、実家にも帰ってこない。心配したわたしは、鈍行列車を乗り継いでこの町にやってきた。

そしてここでわたしは、かけがえのない人たちと出会った。

思えばそれが、わたしの未来を決めた日だった。

再びこの町にやってきた時、わたしは高校生になっていた。

兄が通っていた学校で、わたしは一生の友達を得た。

いつまでも笑い合えるような……大切な友達と一緒に、いろいろなことをした。

わたしはこの町で青春を過ごし、形にはできない多くの、かけがえのものを得た。

それは一生忘れることのない、大事な思い出だ。

「んっ」

両手を組んで、ぐっと背伸びすると、清々しい気分で帰路についた。

「ただいま帰りました~」

「おかえり、芽衣ちゃん。どうだったね、首尾は」

「今回も引き分けでした」

「さすがは芽衣ちゃんだ。あの古河を相手に互角の勝負ができる奴ぁ、まずいねぇぜ」

「でもおじさんも昔してたんでしょ?」

「ああ……だがそれは昔の話だ。寄る年波にゃ勝てねぇからな」

店先でおじさんと話をしていると、おばさんが店の中から顔を出した。

「おかえり芽衣ちゃん。疲れただろう? お茶にしましょう」

「ありがとうございます」

ここはわたしが高校時代からお世話になっている家。おねえちゃんの実家だった。

おもちゃ屋を営んでいて、今日の闘いで使用したおもちゃもここのものだった。

わたしにとってここは、もうひとつの本当の家だった。

おじさんにもおばさんにも、とても良くしてもらった。感謝してもしきれない。

そしておねえちゃんが『お義姉ちゃん』になった今では、本当の家族と呼べるものになっていた。

……でもわたしは、もうすぐこの家を出る。

それは東北の実家を出た時と同じく、いつかは訪れる日だ。

小さい頃からおにいちゃんの影を追い続けてきたわたしにとって、真の意味で兄離れの時がやってきたのだ。

『芽衣……あの学校でおまえもさ、いつまでも一緒に笑い合えるような奴、見つけろよな』

『おにいちゃんは見つけたの?』

『ああ。ずっと馬鹿やってて、今でも会ったら笑い合えるような奴と……ずっと一緒に居たいって思う奴をな』

おにいちゃん。

わたしも見つけたよ。

学校を卒業して社会に出た今でも、たまに会ったら笑い合えるような……そんな友達。

そして……ずっと一緒に居たいって思う人を。

そんな人たちの暮らすこの町で……わたしは今も強く生きている。

――終わり。

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感想などをお題箱で伝えてくれたら嬉しいです!

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後書き

CLANNAD10周年記念SS第28弾、芽衣アフターでした。

というか全編ゾリオンになっちゃった。芽衣の髪型はエピローグ時の渚と同じポニーテールを想像してます。