「岡崎さんよ……」

立ち止まったまま無反応だった春原が、前を向いたままで震える声を絞り出す。

「ああ……俺たち、灰確定だな……」

体育倉庫前に仁王立ちするは、藤林杏その人である。たいへんご立腹なのは、その表情から一目瞭然だ。

「い、いや……これくらいの逆境に立ち向かえないようじゃ、冒険者失格だぜ」

「せめてダンジョンの中で立ち向かいたいもんだな」

「とにかくっ、諦めたら負けなんだよ!」

春原が勢いよく振り返る。

「いいか岡崎……戦闘における四つの心理の中で、最も悪いのが『諦め』、次に悪いのが冷静さを欠く『怒り』、これが今の藤林杏の心理だな。第三の心理、『恐れ』は意外にも冷静さの面から怒りを上回る。そして戦意と冷静さを兼ね備えた最強の心理……今、僕の心に満ちているのが第四の心理……『挑戦心』ってやつさっ!」

「誰だよ、おまえ……。それと挑戦心って割には足震えてるからな」

「こ、こここれは武者震いさ……」

精一杯強がってみせてはいるが、どう見ても挑戦心より恐れが上回っている。春原が言うにはそれでも杏の怒りよりは有利なようだが。

「初めての闘いだ。気合い入れろよ、岡崎っ」

最初の戦闘でいきなりボス戦になるのはよくあるパターンだが、そういう場合は大抵勝てないようになっているのだ。

俺たちは逃れられない戦場に身を投じた。

「よし! 戦闘開始だっ!」

Clannadry -クラナードリィ-

#12「闘いの挽歌」

ひゅううぅぅ……。

風が哭いている。

グラウンドの隅っこという名の荒野に、ふたつの屍があった。

そのひとつ、灰と化した"おれ"の心には、闘いの記憶がまるで走馬燈のようによみがえってきていた……。

~~~

「よし! 戦闘開始だっ!」

春原は懐から何か取り出しながら、肉眼で確認できるほどの殺気を放つ最強の敵に立ち向かう。

「必殺……ヒトデ手裏剣!」

「盾じゃなかったのかよ」

「防具だろうと、戦況によっては武器として使えることを教えてやるよ」

「こんなこと言ってるが……いいのか?」

後ろにくっついてきていた風子を振り返る。

「んー……」

少し迷ってみせた後、おもむろに親指を立てる。

「……ありです」

なんでもいいのな、おまえ。

「どうでもいいが、今は防具として使ったほうがいいんじゃないか?」

「なんでだよ、先手必勝だろ。それに相手は藤林杏だぜ。防戦になったら勝ち目ないっての」

春原の身体が宙を舞った。

「もう辞書が飛んできてたんだが……」

「早く言えよっ!」

伊達に2年の頃から何度も杏にボコられてきたわけではないようだ。春原はすぐに復活する。

悠長にしていると、ぶおんっ!とすさまじい音を立てて辞書が俺の耳をかすめていった。しまった、俺も照準内だったか。

風子たちを体育倉庫の陰に退避させ、攻撃に備える。

「必殺……ヒトデシールド!」

春原が前方に向けて木彫りのヒトデを構える。防御に『必殺』をつけるのはどうかと思うが。

轟音を立てて襲い来る辞書を、春原はヒトデで見事に防いでみせた。おお、すげぇぞ、ヒトデシールド。

「いっつぅ~……。こりゃ長く保たせられそうにねぇっ。やっぱ防戦じゃ不利だっ」

春原がヒトデシールドを構えたままで手を震わせる。

「岡崎っ、僕が防いでる間におまえが攻撃しろっ」

「わかった!」

ばさり!

「ぎゃあああーーーーーーっ!」

思わず目の前の男を攻撃した俺に向けて、分厚い辞書が襲いかかる。気づいた時にはもう手遅れだった。

意識が途絶える直前、見知らぬ少女がこちらに向けて何か叫んでいる光景が浮かんだ。だが少女の声は……"僕"には届かなかった。

~~~

「ほんっとに馬鹿ね……あんたたち」

真っ白に燃え尽きた俺たちの姿を、まるでウジ虫でも見るような目で見下してくれているのは、勝者である暴君、藤林杏だった。

「まさか……初戦闘で、こんなにあっさりと……全滅するとはな……」

「あんたのせいでしょ!」

灰と化していた春原が、勢いよくがばりと起き上がる。

その恐るべき生命力が、灰からの蘇生を可能にしているのだ。

「なんで味方を攻撃すんだよっ!」

「挑戦心だ」

「んなこと挑戦するな!」

「いや、あまりに隙だらけだったからチャンスかと思って……」

「何のチャンスだっ」

「漫才はいいから、敗者はさっさと案内しなさい」

杏が春原の襟首を掴んで、まるで猫でも扱うかのように持ち上げる。

「くそぉ……鬼だぁ……」

「そもそも、なんで杏がここにいんだよ……」

「はぁ? 体育倉庫の迷宮がどうとか言ってたの、陽平じゃないの」

「しまったあーっ!」

「おまえ、最高にアホな」

春原を解放した杏が呆れ顔でため息をついた。

「案の上、逃げてるし……椋も用があるからって帰っちゃったじゃないのっ。どうすんのよ!」

「俺に言ってもしょうがないだろ」

「でもまぁこれでちょうど六人揃ったし、冒険できないよりはマシだね」

「とんでもないポジティブシンキング男だな」

俺は春原の腕を一方的に引っ張って立ち上がり、ズボンについた埃を払う。

「願いは諦めたのか」

俺の言葉に春原が声を潜めて返す。

(いざ願いが叶うってなったら、先に願いを言っちゃえばいいからねっ)

(『杏大魔王をこの世から消してください』ってか)

(そんな願い事しねぇよ……)

(願いを言い終わる前に殺されてしまいそうだけどな)

「あんた、どうあっても僕を死なせたいみたいですねぇ!」

「何こそこそ話してんのよ」

「なんでもないッス!」

「大丈夫ー? おにいちゃーんっ」

体育倉庫の陰に退避していた芽衣ちゃんが駆け寄ってくる。

「へ? おにいちゃん……?」

「あ、はじめまして、春原芽衣です。兄がいつもご迷惑をおかけしてます」

兄を倒した張本人である杏に向けて、芽衣ちゃんは律儀にもぺこりと頭を下げる。

「ええっ!? 嘘っ! 陽平の妹!?」

普段の春原をよく知る者であれば誰もが疑う。杏も例外ではなかった。

「いちお、そうなってます」

芽衣ちゃんは俺の時と同様、落ち着いた対応だ。こういうことに慣れているのかもしれない。あんな兄を持つと大変だな……。

「あ、あはは……。なんというか……ごめんね」

妹の前で兄をボコボコにしたのが忍びないのか、杏が頬を掻きながら苦笑いする。

「いえ、いいんです。どうせ兄が原因なんでしょうから」

「まぁそうなんだけど、あたしも大人げなかったというか……」

「そうだそうだっ、大人げないぞ杏。もっと謝れっ」

「小学生か、おまえは」

「ていうか、陽平に家族なんていたんだ……」

「僕のこと、なんだと思ってるんだよ!」

「妖怪」

「ふたりで即答するなっ!」

古河も少し遅れて駆け寄ってくる。

「おふたりのお友達の方だったんですね。こんにちは」

「いや、のんきに挨拶なんてしないでよ……渚ちゃん」

「え? どうしてですか」

「僕たちがこいつにボコボコにされてたの見てなかった?」

「いえ、見てましたけど……」

古河は春原が指差した先、杏の顔をまっすぐに見る。

「確かに喧嘩はよくないです。でも、さっきはそんな感じではなくて、じゃれあっていると言いますか……とても仲良さそうでした」

「それはない」

杏も含めて三人の声が示し合わせたように綺麗にハモる。

「あれで仲良さそうに見えるってのもすごいわね……。あなたもさぁ、なんでこんな馬鹿共に付き合ってあげてんの? 友達は選んだほうがいいわよ」

「そんなことないです。岡崎さんも春原さんもいい人です」

「それはない」

先ほどと同じセリフで断言する。まったく反論できないが。

「まぁいいわ。あたしがついてたら、こいつらも悪さできないだろうしね」

「悪さなんてしねぇよ。渚ちゃんは命の恩人だからね」

「いえ、わたしは何も……」

「じゃ、お茶」

「なんでだよ!」

「命の恩人だろ?」

「おまえじゃねぇよ!」

「へぇ……陽平がそんなこと言うの、初めて聞いたわ」

茶々を入れていると、杏は感心した様子で古河のほうを向いて言った。

「あたしは藤林杏。E組よ。よろしくね」

「あ、はい。B組の古河渚です。よろしくお願いします」

互いに自己紹介を終えた杏が小声で話しかけてくる。

「あんな可愛い子とどこで知り合ったのよ」

「いろいろあってな」

「ふーん」

「なんだ、その目は……」

「べっつにぃ……」

杏が含みのある表情のまま横を向き、動きを止める。

視線の先に目を向けると、風子がまだ体育倉庫の陰から顔を覗かせていた。どうやら杏を警戒しているようだ。

そりゃ、あんな惨劇を見せられちゃな……。

「ふぅちゃん、どうしましたか」

古河が声をかけると、風子は杏を大きく迂回して古河の背後に身を隠した。そこから半分だけ顔を出して、こちらの様子を窺っている。

「なんか恐がらせちゃったみたいね」

「当たり前だ。少しは加減しろ」

「なによっ。元はと言えば、あんたたちが悪いんでしょ!」

杏が声を荒げると、風子はさっと古河の背中に顔を隠してしまう。

「取りつく島もないわね……」

「最初は誰にでもあんな感じだぞ、あいつ」

「こんなところに突っ立ってないでさ、そろそろ行こうぜ」

今日は閉められていた体育倉庫の扉を、春原が力任せに開く。

ため息をひとつついた杏が歩き出し、俺たちも後に続いた。

「遅ぇぞ、てめぇら……」

体育倉庫に足を踏み入れると、頭上から声がした。

声のするほうに目を向けた途端、天井から人が降ってくる。

「よっ、と」

「うわっ」

目の前に突如現れた男に、その場にいた全員が驚きの声をあげる。

そこには昨日と同じ格好をしたオッサンの姿があった。

「待ちくたびれたぜ……手が痺れちまったじゃねぇか」

「き、来てたんスかっ」

両手をぷらぷらと振りながら、片足を交互に上げて軽く跳ねてみせる。

いつから潜伏していたのか知らないが、天井にずっと張りついているだけでも相当の力がいるはずだ。

「ん? 昨日とメンツが違うな」

「ダメっすか?」

「別に構わねぇよ……渚がいるならな」

「わたしがどうかしましたか?」

オッサンはうおっほん!と大きく咳払いすると、「なんでもねぇ……」と古河に背を向けた。

「あのぅ、この人は……?」

「安心しろ、芽衣。この人も冒険仲間さ」

春原が芽衣ちゃんに紹介する間、オッサンをじっと見ていた杏が口を挟む。

「あのさ……この人、パン屋のおっちゃんじゃないの?」

「パン屋?」

初耳だった。

そういえば、最初会った時にわけのわからんパンの名前を口走ってたな。

「違う。俺は助っ人のアッキーだ」

「……人違いかしら」

真実はどうあれ即座に否定したオッサンを、杏はそれ以上言及しようとはしなかった。

「これでパーティーメンバーは七人……必要なのは六人。と、いうことは……」

何やらぶつぶつ言いながら、春原がゆっくりと振り返る。忍び笑いのような表情が気持ち悪い。

「藤林杏! おまえにもう用はねぇぇっ!」

言いながら唐突に跳び上がったかと思うと、シャオッ!と両腕を交差させて杏に襲いかかった。

そして……対空ミサイル(英和辞典)の直撃を受けて、きりもみ回転しながら床に墜落した。

「これで六人パーティーね」

「そうだな」

「こらっ、同意するな!」

床にめり込んだ頭を引っこ抜いて、すぐさま立ち上がる。

「チームリーダーを外してどうすんだよっ!」

「怪我人はすっこんでなさい」

「おまえが怪我させたんだろっ」

「メンバーは足りてるんだし、別に七人でも問題ないだろ」

「そうは思えないけどね……」

春原の冒険論によると、七人でダンジョンに入るのは邪道らしい。納得はしていない様子だったが、(杏の威圧に屈して)とりあえず七人で扉の前に向かうことになった。

扉の前で聞いた『六つの光』という言葉。その言葉を信じるなら六人であることに意味があるのだろうし、七人では入れないかもしれない。

「あった! ここだ」

壁に張りついていた春原が、昨日ほど時間をかけずにボタンの隠された場所を探り当てる。

「風子がボタンを押してもいいですか」

「どうせ押すなって言っても押すんでしょ。好きにしなよ」

「わかりました。では押します」

昨日ボタンで痛い目に遭ったからか、春原はあっさり譲歩する。

風子がボタンを押してしばらくすると、いつものように音を立てて階段が現れた。

「さすがは都会の学校、こんなところにも避難経路があるんですね」

「いや、それはないだろ……」

「少しは驚けよ、芽衣……」

まったく動じていない芽衣ちゃんとは対照的に、杏は驚きに目を丸くしている様子だ。

「ま、まさかあんたたち……女の子ばっかり集めて、こんな隠された階段の下で……」

「ねぇよ!」

「妙な想像すんな!」

不毛な妄想を始めた杏に向けて、ふたりでツッコミを入れる。

「ここがダンジョンの入り口なのさっ」

「それはわかったけど、なんであんたが自慢げにしてんのよ」

「第一発見者は僕さっ」

「そして第一被害者でもある」

「そのネタはもういいよ……」

いつものように狭く長い階段を下りて、扉の前まで辿り着く。

単に六人以上いればいいだけなのだろうか。昨日と同じように大きな音を立てて、巨大な扉がゆっくりと開いていった。

「七人でもいいみたいだな」

「おっかしいなぁ。七人パーティーだとバランス悪いじゃん。フォーメーションも組みにくいし。数がいればいいってもんじゃないでしょ」

「朝来た時には、いっぱいいたほうが有利とか言ってなかったか」

「いや、それはスタメンじゃなくてさ……要するにサブメンバー、控えだよ」

「おまえはムチャメンな」

「ぜんぜん関係ないでしょ!」

「じゃあ、おまえがパーティーから外れるか?」

「それは嫌です」

「だったらごちゃごちゃ言うなよ」

「うーん……」

まだ納得できていないようだったが、扉が開いている以上、先に進んでみるしかない。昨日と同じく春原を先頭に扉をくぐる。

俺、杏、オッサンと古河、そして風子、さらに芽衣ちゃんが足を踏み入れたところで、まるでサイレンのような甲高い音がけたたましく鳴り響いた。

「なんだ!?」

「やべぇ、警報かっ!」

「風子、非常ベルのボタンは押してないですっ」

「やっぱり人数オーバーなんじゃ……」

そうこうしている間も鳴り止むどころかますます音が大きくなり、あまつさえ地響きまでもが起こり始めた。

「また地震ですっ」

「噂以上にヤバい場所なんじゃないのっ?」

「と、とりあえず芽衣っ、扉の外へっ」

「う、うんっ」

最後尾にいた芽衣ちゃんが扉の外へ出ると、地響きも警報もぴたりと収まった。ひとまずほっとする。

「ほら、やっぱり僕の言った通りでしょ」

「よくわかんないわねぇ……なんで六人なわけ?」

「『六つの光』って言ってたからな」

「それにダンジョンRPGは六人パーティーがお約束なんだぜっ」

「ねぇおにいちゃーん、わたしはどうすればいいのー?」

ひとり扉の外に取り残された芽衣ちゃんがその場で声をあげる。

「悪ぃー芽衣っ、そこで待っててくれー」

「えぇーっ」

芽衣ちゃんが不満の声を漏らす。

そりゃそうだ。何の説明もなくこんなところまで連れてこられて、ひとりで待ってろって言うんだからな。

「ついでに見張りをしててくれー」

「……はぁ、しょうがないなぁ。早く帰ってきてよー」

兄のむちゃくちゃな提案を広い心で受け止めた芽衣ちゃんが渋々首を縦に振る。

「ほんと、芽衣ちゃんってよくできた妹ねぇ。あんたにはもったいないわ。血繋がってないんじゃないの?」

「実は俺の妹なんだ」

「僕のだよっ!」

前方の床はすぐに途絶えていて、春原が落っこちた巨大な穴が昨日と変わらない状態でそこにあった。

どうやらダンジョンの外に出たら自動的に閉じるような罠ではないようだ。しかし……

「よく考えたら、この穴をどうにかしないと先に進めないじゃん」

「その辺の準備は完璧さっ」

春原は上着のポケットに手を入れて、ごそごそと手探りする。

ポケットから束ねられたロープを取り出すと、ぱらぱぱっぱぱ~ん!とネコ型ロボットのように掲げてみせた。

昨夜、部屋を散らかして何やら探してると思ったら……よくもまぁ、そんなものを持っていたものだ。

「このロープを扉の取っ手にくくりつけて、地下二階へ下りるんだよ」

「下は真っ暗だぞ。懐中電灯でも持ってきたのか」

「へっ、その辺もモーマンタイだっての」

「ますます不安なんだが」

「これを見よ!」

例によってネコ型ロボットのごとく春原が取り出したのは、警棒ほどの大きさの木の棒の先端に白い布が巻きつけられたものだった。

「なんだそりゃ?」

「ダンジョン探索には欠かせない道具……たいまつさ」

「そんなの、どこで手に入れたのよ?」

「おまえの村の特産品か」

「そもそも村じゃねぇし、特産品でもねぇよ……」

「懐中電灯のほうが便利でしょ。なんでたいまつなのよ……」

「いざって時には武器として使えるんだぜ。便利じゃん」

「ふん……」

これまで黙っていたオッサンが、グラサン越しでもわかるほどの鋭い視線を春原に向ける。

「だ、ダメっすか……?」

怯える春原の肩を、オッサンは軽く叩いてみせた。

「おめぇもわかってきたじゃねぇか。素人にしちゃ上出来だ」

「ありがとうございます!」

「あたしにはついていけそうにないわ……」

「安心しろ、俺もついていけない」

春原が扉の取っ手の部分にロープをくくりつけている間、俺たちは穴を覗き込んでいた。

暗闇で底が見えない。落ちた春原がすぐによじ登ってきたことから考えれば、高さはそれほどでもなさそうだが……。

「こんな通気の悪そうなところで火をつけて大丈夫かしら」

「シュートの向こう側の通路から風が来ている。酸欠になることはないだろ」

ひとり離れた場所にいたオッサンが、昨日、矢が飛び出してきた壁をじっと見たままで答える。

「シュート?」

「ああ、この落とし穴のことだ」

「専門用語にもついていけないわ……。ていうか何者なの? この人」

そんなことはこっちが聞きたい。本当に何者だよ、このオッサン。

古河の父親であることだけは確かだが……ぜんぜん似てないな。

「よし、と。それじゃまず僕が下りるからさ……岡崎がロープを解いたりしないように見張っててくれよ、芽衣」

ちっ、ばれたか。

春原はロープを穴の中に垂らすと、何度か引っ張って安全を確認してから暗闇の中に下りていく。

下り切ったらしい春原の声が聞こえてから、俺も後に続いた。

闇の中に下り立つ。

上の階の明るさとは対照的に、このフロアは真っ暗だった。穴の中を見下ろした時も暗闇しか見えなかったことからわかるように、頭上からの光もあまり届かない。

これじゃ、前に進むこともままならないな。

「上向いたら殺すわよ」

「へっ?」

反射的に上を向いた春原の顔面に、杏が勢いよく着地する。

「見るな、って言ったのよ……」

「すんません……」

その後もオッサンと古河、最後に風子、と……全員が無事に地下二階へと下り立った。

「……」

ひんやりとした空気が漂っている。周囲を静寂が支配していた。

視覚が効かないと、聴覚のほうが敏感になるようだ。ここにいる全員の息遣いまでもがはっきりと聞こえてくる。

「……何かいるな」

「確かに気配はするわね」

オッサンの低い声と、それに同意する杏の声が暗闇に響いた。

声の響き方から判断して、どうやら下りた先はそれほど広くない小部屋らしい。

「でも真っ暗じゃどうにもならないし、灯りは必要だよね」

「灯りに向けて集中攻撃されるかもしれないけどな」

「わざわざ不安を煽らないでくれますか……」

カチッという音がして、周囲の闇が少し薄くなる。

ライターで手元を照らしたオッサンに促され、春原がたいまつをライターに近づけて火を灯した。

じりじりとたいまつの先端が赤い炎に包まれ、その光が周囲を明るく照らし出す。

「あ、あれはっ……!」

珍しく古河が大きな声で驚きを示す。

たいまつの炎に映し出されたものは…………

Clannadry#13に続く。

現在のパーティーメンバー
  • 岡崎朋也
  • 春原陽平 ヒトデシールド、包帯、たいまつ
  • 古河渚   木彫りのヒトデ
  • 伊吹風子 木彫りのヒトデ
  • 藤林杏
  • アッキー
  • 春原芽衣(パーティー外待機中)