時の流れとは残酷なものです。

ずっと立ち止まっていても、どんどん先に進んでいってしまいます。

風子がたくさんの光に導かれて目を覚ましたあの日から、どれだけの時間が過ぎたでしょうか。

夜になると布団に入って眠りにつく。

やがて朝が訪れ、目を覚ます。

そんな当たり前の日々。

日常という大切な時間の中に、風子はいました。

決して食っちゃ寝ー食っちゃ寝ーと、毎日をぐーたら過ごしているわけではありません。

「ほら、起きて、ふぅちゃん」

「ん、んん……ヒトデ……」

布団にくるまれた体を揺さぶられ、風子は目を覚ましました。

寝ぼけ眼をこすりながら、むくりと起き上がります。目の前にはおねぇちゃんの姿がありました。

「今日はあなたの○6才の誕生日よ」

おねぇちゃんが笑顔でそう告げます。

今日は風子の誕生日でしたか。大人の階段をまた一段のぼってしまいました。風子、もう大人なのでかなりやばいです。

なので、今年こそケーキくらいは自分で作りたいと思います。ハッピーバースデイ、トゥーミーですっ。

張り切って立ち上がった風子に向けて、おねぇちゃんはひのきの棒を差し出しながら言いました。

「だから、魔王を倒してきなさい」

ファイナルヒトデ使い☆風子 ~そして伝説へ~

「どうして風子が魔王を倒しに行かなきゃダメなんですかっ!」

「はははは」

何を当たり前のことを訊き返してるの?みたいに笑って流されました。とても理不尽です。

それに、ひのきの棒で魔王を倒せるわけありません。とてもケチです。

……とか言ってる間に、風子は自動的に家の外へと追いやられてしまいました。さすがはおねぇちゃん、侮れません。

風子はひのきの棒と100円をおねぇちゃんから手渡されました。

「いってらっしゃい、ふぅちゃん」

風子は今時珍しい「No」と言える日本人なのに、気がついたら流されてましたっ! もっと激しく断固拒否の姿勢を貫くべきでした! しかもお小遣いは100円ですっ。とてもケチです!

「んっ、んっ」

なんとか家に入ろうとおねぇちゃんの体を押してみましたが、びくともしません。

こうして風子は家を追い出され、しょうがないので魔王を倒す旅に出ることにしました。

ところで、魔王はどこにいるのでしょうか。それがわからないと倒すこともできません。

そこで風子は、まず最初に王様のところへ行くのではないかと考えました。妙案です。

きっと王様は「この宝箱を開けるがよい!」と王族らしく横柄な態度で、魔王退治に必要な伝説のアイテム「聖なるヒトデスター」をくれるに違いありません。

聖なるヒトデスター……それこそまさしく伝説のヒトデ、とてつもなく可愛らしいヒトデです。想像してみてくださいっ。

……。

…………。

………………。

……はっ。

さて、そうと決まれば一刻も早く王様に会いに行きましょう。時間を無駄にはできません。

聖なるヒトデ、ゲットですっ。

ところで、王様はどこにいるのでしょうか。それがわからないと聖なるヒトデをゲットすることもできません。

そこで風子は、やはりここはお城にいるのではないかと考えました。妙案です。

王様といえばお城、お城といえば王様、もはや疑う余地もないでしょう。むしろ王様がお城だったとしても不思議ではありません。

お城といえば王族らしく民衆を見下すように高いところに建てられているはずです。風子は町の高いところに向かって歩き始めました。

長い坂道をのぼっていくと、何やらでっかい建物が見えてきました。

風子の予想通りです。あのふてぶてしくドーンと構えたあの建物こそが、王様の住むお城に間違いありません。それどころか、あれが王様だったりするのかもしれません。

それほどの巨体ならば自分で魔王を押しつぶしてもらいたいところですが、そこは口以外は動かさない王族なので期待できません。もらえるものだけもらって、あとは優雅にロイヤルミルクティーでも飲んでいてもらいましょう。

お城が見える方角に向かって歩いていくと、何やら看板が見えてきました。

どうやらお店のようです。武器や防具、冒険に役立つアイテムを売っているかもしれません。

風子はポケットからお財布を取り出しました。ヒトデ模様をあしらったそのお財布の中には、全財産である100円玉が一枚。さっきおねぇちゃんからもらったお小遣いです。

そういえば風子、このお財布を買うために先月までのお小遣いをぜんぶ使っちゃってました。いくらお財布が可愛くても、中身がスカスカなのは困ります。

それでも、ないものはどうしようもないので、100円で買えるものをチョイスするしかありません。覚悟を決めて、風子はお店に入りました。

「らっしゃい!」

「らっしゃいました。100円で買えるものを教えてください」

おねぇちゃんの時の教訓を活かして、いきなり本題から入ります。いかにも声が大きそうなオヤジさんなので、びっくりしてしまわないように注意しなくてはいけません。

「おう。嬢ちゃん、おつかいかい?」

「ちょっと魔王を倒しに行ってきます。風子はどちらかというと防具から固めるタイプなので、100円で買える防具をください」

「うちはパン屋だからな。んなもんは置いてねぇ」

ショックですっ。今の風子の装備はというと、布の服くらいのものです。盾も兜もありません。これではとても不安です。

「だがな……武器だったら、あるぜ」

風子の心中を察知してか、声を潜めてオヤジさんが言いました。

「本当ですかっ」

「ああ……しかもタダでやろう」

「タダより高いものはないと言います。ですが今はそれどころではないので、もらえるものはもらっておきます」

「よしっ! 待ってろよ、嬢ちゃん」

オヤジさんは上機嫌でお店の隅で山積みにされたものを持ってきます。そんなにいらないものなのでしょうか。

「まずはこいつだ」

オヤジさんがそこから取り出したのはパンでした。武器じゃないですっ。

「きなこパン。煙幕として使える優れもんだ。敵から逃げる時などに使うといい」

「風子、敵に背を見せたりしません」

「別に逃げる時でなくてもいい。敵の目をくらますために使うんだ」

「わかりました」

なんだか納得してしまったので受け取ります。要するに敵にぶつければいいんです。

「次はこれ、大根パン。こいつぁ、すげぇぜ……敵を一発で粉砕できる。バットとしても使用できる優れもんだ」

「いざとなったら食べられる武器ですか」

「いや……食うのはおすすめしねぇ。自分に大ダメージだ」

「わかりました。気をつけます」

これは使えそうなので受け取ります。風子の武器がひのきの棒から棍棒にパワーアップしました!

「最後はこいつ、おまえに……レインボー」

「これはどう使うんですか」

「敵に食わせろ。敵は死ぬ。以上」

とても恐ろしい武器のようです。風子は恐る恐る、七色に光るそれを受け取りました。

「わたしのパンは……わたしのパンはっ……」

受け取った途端、いきなり声がしてびっくりしました。見ると、お店の奥から出てきた女の人が涙ぐんでます。

「げっ」

「古河パンの武器だったんですねーーっ……!」

そのままお店の外に走っていってしまいました。よくわかりません。

「早苗っ! く、くそっ……」

風子が呆然としていると、オヤジさんは山積みになったパンを口に詰め込んで……

「俺は大好きだーーっ!」

叫びながらお店の外に飛び出していきました。

「…………」

お店に誰もいなくなってしまいました。不要になったひのきの棒を売りたかったのですが、仕方ありません。風子はお店を出ることしました。

ようやくお城の前までやってきました。近くで見ると思っていた以上に大きいです。

どうやら一般開放もされているらしく、風子に気づいた門番の人が合図すると、城門が開き始めました。

でっかい鉄製の扉が、ぎぎぎ……と耳に痛い音を立てて開いていきます。とてもやかましいです。

こうして風子は、開かれた城門をくぐってお城の中へと足を踏み入れました。

「すごいです……」

お城の中に入った途端、思わず呟いてしまいました。

さすがは王族の住むお城です。噴水とかバリアとか宝箱とか旅の扉とか、いろんなものがあります。

風子にとっては初めて見るものばかりで、本来の目的も忘れて見回ってしまいました。

宝箱には鍵がかかっていて開きませんでしたが、ツボの中に薬草が入っていたので黙って借りてきました。これも魔王退治の命を受けた勇者ならではの特権です。

一階の探索が終わって階段を上がると、玉座が見えてきました。

ついに王様と対峙する時がやってきました。聖なるヒトデ、ゲットですっ。

「…………」

近づくと、玉座に座っていたのは見るからにヘンな人でしたっ! パイナップルみたいなお面を頭にかぶってますっ!

とっさに風子は、気づかないふりをして通り抜けようと考えました。名案です。

「そうそう、こんな仮面かぶった奴、たまに外でも見かけるからなー流行ってんのかなー……」

「……んなわけないだろっ!」

いきなり玉座から立ち上がってぶつぶつ言っているヘンな人に、思いきり肩を掴まれました!

「こいつは強さの象徴さ。一番強い奴しか持てない。どうだ、ほしいだろ? うまうー」

パイナップルみたいなお面を指差しながら、ヘンな人がヘンなこと言ってます。

「いりません。それより、あなたがここの王様ですかっ」

「そうだ。俺がこの斉藤国で一番強い斉藤だ。うまうー」

「ここ斉藤国だったんですかっ。ぷちショックですっ! ですが、斉藤さんは意外と普通の名前です」

「そうか? じゃ、人呼んで……マスク・ザ・斉藤さ」

「マッドマン斉藤さんですか。確かに似ています」

「マスク・ザ・斉藤だ。似ているが違う」

「マスク・ド・サタンさんですか。校長先生みたいな名前です」

「マスク・ザ・斉藤だっつーの!」

……はっ!

ここで風子の第七感が発揮されました。セブンセンシズです。

マスク……斉藤……王様……。

マスク……王様……。

マス……王……。

マ……王……。

「あなたが魔王ですねっ!」

ばーん!と集中線が集中するくらいの迫力で風子が指差すと、魔王斉藤さんの頭がかくかく縦に揺れ始めました。かなり不気味ですっ。

「ふ……ばれちゃあ、しょうがないな。はりゃほれうまうー」

「風子はおねぇちゃんに魔王を倒してきなさいと言われました。あなたに恨みはありませんが、風子が倒してしまいますっ!」

「いいだろう。じゃ、さっそくバトルスタートだ!」

ここでついに、パン屋のオヤジさんにもらった武器を使う時がやってきたようです。いきなりクライマックスですが。

風子はまず、きなこパンを投げつけて目くらましをしている間に棍棒で倒してしまおうと考えました。名案です。

「えいっ!」

「むっ?」

きなこパンを魔王斉藤さんにぶつけると、モクモクと噴煙が上がり始めました。作戦その一が成功です。

「必殺……ヒトデ剣・大根斬り!」

風子は煙幕の中に見えた影に向けて、棍棒を振り下ろしました。これで風子の勝ちです。

「ふっ、甘いな」

と、思っていたのですが、魔王斉藤さんは風子の必殺剣を真剣白刃取りに捉えてましたっ! さすがは魔王です。侮れません。

「俺に目くらましは効かない。なぜなら……」

風子の剣を止めた魔王斉藤さんが、自信満々に言いました。

「元々この仮面をつけたら前が見えないからだっ!」

「では、どうやって風子の攻撃を止めたんですか」

「心眼で捉えたんだ。うまうー」

「なるほど」

ヒトデも目が見えません。それでもヒトデは目に頼ることなく海の中を歩きます。それが心眼です!

「それはなんか違うぞ……うまうー」

とにかくっ、残された武器はあとひとつしかありません。

風子は覚悟を決めて、七色に輝く最終兵器を取り出しました。

「これが、最後の光ですっ!」

「光? 俺に目くらましは効かないとさっきも言ったはずだ。うまうー」

「これは目くらましではありません。こう、使うんですっ!」

風子は魔王斉藤さんがつけているお面の口の部分に最終兵器をねじ込みました。

「何!? こ、これは……生物兵器かっ!」

「いいえ、違います。それはパンです」

「パン……だと……。これが秘宝の正体だってのかっ? そりゃねぇぜーーーーっ!」

なんだかよくわからないことを言いながら、魔王斉藤さんは倒れました。風子の勝ちです。

長く、苦しい戦いでした……。

風子の脳裏に、今までの長い、長い旅が走馬灯のように流れていきました。

風子の冒険が今、終わりを告げたのです!

THE END

「こらこら、勝手に終わるなっ」

と思ったら……なんと! 魔王斉藤さんが起き上がり、仲間にしてほしそうにこちらを見ています!

「見てない見てない」

「では、なんですか? 風子、そろそろエンディングにしたいところです」

「俺を倒したおまえに、このマスクを引き継いでもらう。マスク・ザ・斉藤は今日からおまえだ」

「いりません。呪われそうです」

「綿々と続いてきたこの国の伝統だ。最強がこのマスクを継ぐ。次はおまえだ」

お面を取った魔王斉藤さんが、そのお面を差し出しながらしつこく食い下がってきます。それにしても、見れば見るほどヘンな顔のお面です。とても可愛くありません。

「では風子が、このお面を可愛く作り直します」

「もうそれはおまえのもんだ。好きにするといい」

風子は仕方なく可愛くないお面を受け取りました。

そして……

「できましたっ」

可愛くないお面は、風子の手で可愛いお面に生まれ変わりました。

「マスク・ザ・ヒトデですっ」

ヒトデのお面を装着した風子を、元魔王の斉藤さんやお城の人たちが持ち上げてきます。猫みこしならぬ風子みこしでしょうか。

「よぅしおまえら、今日は朝までヒトデ祭りだ!」

「ヒトデ! ヒトデ!」

ヒトデコールが巻き起こります。

今ここに、新しいヒトデヒロインが誕生しました!

そして伝説がはじまった!

☆☆☆

「――こうして、風子は伝説になりました。勇者ヒトデ伝説のはじまりです」

ヒトデを語り継ぐ☆(←実はヒトデです)屋として、風子は伝説を語り終えました。

「ふぅちゃん……」

ですが、なぜかおねぇちゃんはため息をついてます。

「これはなに?」

「煙幕です」

「これは?」

「棍棒です」

「……これは?」

「最終兵器です」

風子の持ち物を一通り指差してから、おねぇちゃんはもう一度大きくため息をつきました。

「ふぅちゃんは、ケーキの材料を買いに行ったはずだよね?」

……はっ。

おねぇちゃんの言葉を聞き、ついに風子は……風子がなすべき運命を思い出しました。

「風子、今年こそケーキくらいは自分で作るんでしたっ。ハッピーバースデイ、トゥーミーですっ!」

――おしまい。

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感想などをお題箱で伝えてくれたら嬉しいです!

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後書き

風子SSは結構書いてきましたが、意外にも誕生日SSは初めてでした。

数年前から風子の誕生日が近づくと考え始め、間に合わず次の年に回す……といったことを繰り返していたSSなので文体にムラがあるかも。マのつくキャラがCLANNADにいなかったためリトバスネタになってしまい、知らない人には通じにくいかもしれませんが、楽しんでもらえたら幸いです。