――お連れしましょう。この町の……願いの叶う場所へ――

どこまでも続く荒れ果てた大地。

誰もいない、もの悲しい世界。

過ぎる時間さえ存在しない、凍てついた世界。

何も変わらない、停滞した世界。

――でも、なにもかも……変わらずにはいられないです。

それはたとえ、終わりなき世界であっても……

――ぜんぶ、変わらずにはいられないです。

光が舞い上がっていた。

ひとつ。ふたつ。

数えきれないほどたくさんの光が空へ飛び立っていく。

風が吹いている様子もないのに、光たちは舞い上がっていく。

長い、長い旅路の果て。

何も生まれず何も死なないこの世界に……

……春が、生まれた。

光降る町で

音が聞こえる。

それはどこか遠くから。

かすかに聞こえてくる、懐かしい音。

音楽が聞こえた。

それはすぐ近くから。

眠りを吹き飛ばす、激しい音律。

「ん……」

それでも私はまどろみの中にいた。

一度寝返りを打つと、布団から手を伸ばす。

音が鳴った。

それは私が立てた音。

カチッと目覚まし時計のスイッチを止める音。

そして何も聞こえなくなった。

音が聞こえる。

それはどこか遠くから。

かすかに聞こえてくる、懐かしい音。

歌が聞こえた。

それはどこか遠くから。

いつか聞いたことのある、懐かしい歌。

「んん……」

眩しい。

何かが光っている。

目を閉じていても瞼の中に飛び込んでくるような強い光。

「あいたっ」

音が鳴った。

それは私が立てた音。

ごちんと頭をぶつけた音。

「いたた……」

額に手を当てながら、布団を押しのけて起き上がる。

頭上に落ちてきた目覚まし時計を寝ぼけ眼で見つめると、セットした時間から30分ほど経過していた。

それでもまだ早朝と言っていい時間。

私にとってはいつものことだった。

そういえば、と。

寝起きで少しの間ぼーっとしていたが、ふと思い当たって我に返る。

起きる直前に感じた強い光。

あれは一体なんだったのだろう。

日の光は分厚いカーテンに遮られて、ほとんど入ってきていない。

部屋を見渡してみる。

ベッドの横にある棚の上。

ケースに入った愛用のヴァイオリンと、その隣に置かれている木彫りが目に留まる。

星の形をしたその彫刻は、高校時代に後輩からもらったものだった。

いくら星の形をしているからといって木彫りが光るとは思えない。

そう結論づけて、カーテンを勢いよく開くと……

いつもの朝とはまるで違う風景が目の前に広がっていた。

雪……。

季節外れの雪が降っている。

そう思ったのも束の間、すぐに違和感を覚える。

雪にしては結晶のひとつひとつが大きい。

それに、ひとつひとつが発光しているように見えた。

光……。

たくさんの光が降っている。

それは見たこともない幻想的な光景。

でも、どこかで見たことがあるような懐かしい感覚もあった。

窓を開けると、ひとつの光がふわふわと部屋の中に舞い込んでくる。

私の横を通り抜けた光は、棚の上のヴァイオリンケースに降り立った……ように見えた。

光は地面に染み入る雪のように、ケースの上で消えてしまった。

ベッドから降りてヴァイオリンケースを手に取る。

ゆっくりとケースの蓋を開くと、そこには見慣れたヴァイオリンのいつもと変わらない姿があった。

恐る恐る手に取って構えてみる。

弦に弓を当てたところで、力が抜けて両手を下ろす。

やっぱり私は、まだ怖いのかもしれない。

ヴァイオリンが弾けなくなった今でも、演奏は体が記憶していた。一度弓を引けば、あとは体が自然に音を奏でるだろう。

自分の思い通りに動かなくなった一部分を除いて。

外の景色に目を向ける。

まるで何かを祝福するかのように降り続ける光。

それを見ていると、私の中から何かが湧き上がってくるようだった。

「――♪」

無意識に口を突いて出た旋律。

それはいつか聞いた懐かしい歌。

思い出の部室で、みんな一緒に歌った唄。

世界にたったひとり残された女の子が、最後に歌った唄。

今、気づいた。

私の中から湧き上がってくる感情、手に持ったヴァイオリンから伝わってくる感情。それは……

ヴァイオリンに目を戻す。

今日は調弦だけじゃなくて、ちゃんと弾こう。

この子の音を、私の音を聞こう。

そう思った。

きっと私もこの子も、昔のような演奏はできない。

でも、音を奏でることはできる。

それだけでじゅうぶん。

だって私も、そしてきっとこの子も、こんなに音を奏でたいって思ってるから。

光降る幻想的な景色の中、もう一度ヴァイオリンを構える。

そして小さく音を奏でた。

音が聞こえる。

それはどこか遠くから。

かすかに聞こえてくる、懐かしい音。

音が聞こえた。

それはすぐ近くから。

かすかに聞こえてくる、懐かしい音。

それはこの子の音であり、私の音だった。

音程が合わなくても、曲と呼べないものであっても。

それが今の、私とこの子で奏でる音だった。

演奏を終え、弓を下ろす。

何度も失敗した。音も外した。

継続しなければ技術も衰えていく。それをはっきりと実感した。

でも……

楽しかった。

いつの間にか窓の外はいつもの景色に戻っていた。

あれだけ降っていた光の影も形も見当たらなかった。

寝ぼけて見た夢だったのだろうか。

それとも幻だったのだろうか。

ひとつ息をつくと、軽く手入れをしてヴァイオリンをケースに収める。

――ありがとう。

蓋を閉じた瞬間、どこからか声が聞こえた気がした。

――終わり。

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感想などをお題箱で伝えてくれたら嬉しいです!

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後書き

汐が生まれた春の朝、渚エピローグの私的脳内妄想映像仁科りえ編を文章にしてみました。

ゲーム本編のオープニング最後の映像から渚エピローグに繋がる、と妄想してるので、別のネタで使用するつもりだった冒頭の幻想世界描写を詰め込みました。

例によって仁科りえを物語の主要人物に持ち上げるようなお話ですが、実際ゲーム内でも「同じ苗字と名前の主要人物がいますが、このままでよろしいですか?」と言われるし、まぁいいかと開き直ってみる。