ずっとふたりで歩いてきた。

吹雪の中、手を繋いで。

やがて辿り着いたその場所で、ふたりは唄を歌う。

その時、その世界は、終わりを迎えようとしていた。

一際強い風が吹き、ガラクタを組み合わせて創られた"彼"の体がばらばらに砕けていった。

体を失いながらも"彼"は彼女の手を求め、崩れ落ちていく自分の手を懸命に伸ばす。

その姿を見て、彼女が叫んだ。

……さようなら……

……パパっ……

こうして彼女は"彼"に、幾度めとも知れぬ別れを告げた。

光を求めて ~新説・仁科りえ攻略記~

「またか……」

その様子を別の世界から見ていた"おれ"は、幾度めとも知れぬため息をついた。

おれの名は岡崎直幸。

故あって、息子の朋也をずっと見守り続けている。

……とは言っても、過保護すぎる親でもなければストーカーでもない。

なぜなら今のおれには身体がないからだ。

いや、厳密に言えばあるにはあるのだが、おれの身体は抜け殻のようなもので、向こうの世界での意識を閉じてしまっていた。

オカルトとかファンタジーとか言われて信じてもらえないだろうが、風子という子と同じように精神だけが身体を抜け出して別世界の空を漂っている――そんな生き霊のような存在。それが今の"おれ"だった。

おれが先ほどまで見ていた風景……何もない世界に生きる少女とガラクタ人形。

ふたりの悲しい結末を、おれは幾度となくこの目で見てきた。

何度も何度も……それこそ自然とため息が出るくらいの回数をだ。

いくらやり直しても同じ結末を迎える"彼"と彼女……このパターンには見覚えがあった。

かつて、おれが今いる世界の空とは異なる"そら"を漂っていた時に見た風景だ。

その"そら"の下で、1000年の時を越えて再び巡り会ったふたり。

だがその穏やかな日常も長くは続かず、不可思議な現象によって彼女は動けなくなってしまう。

そんな彼女の前から一度は姿を消した彼だったが、子供たちとの交流を経て再び彼女の元へ。

辿り着いた彼女の傍らで、彼はなんとカラスに化身したのだ!

~第一部・完~

なんとも中途半端のところでぶつ切りになってしまい、まさか何か間違った介入をしてしまったのかと不安になったおれは、時を遡って再び彼と彼女の"そら"を眺めていくことにした。

その世界での体を持っていないおれにとって、これくらいの芸当は造作もない。幸い彼女の記憶はセーブ……もとい、覚えていた。

ところが何度遡ってみてもふたりは同じ結末を迎え、いつも中途半端なところで終わってしまう。

さまよい続けた結果、一度見たはずの「彼が選んだ別の可能性」……他の女性とのロマンスが間違った未来であったことが判明した。要するにバッドエンドだったのだ。

そこを終えると、ようやく第二部が始まった。

しかしおれはそこに辿り着くまでの徒労感もあったせいか、第二部以降(第三部もあった)の記憶があまりない。

……とまあ、そんな別世界の話はさておいて。

息子(とおれの抜け殻)のいるこの世界においても、その世界と同じような事象が起こっているように思えてならない。要するに、息子の幸せな未来を創るためには何かが足りないのだ。

おれのたったひとりの息子……朋也。

朋也を幸せにすることがおれの……父親の義務だった。

朋也は今日も遅刻して学校へ向かっている。

そして朋也の周囲には、複数の"光"があった。

その数、12個。

あとひとつ……光が13個集まれば、朋也は幸せになれるらしい。そんな噂をどこか別の世界で聞いたような気がする。

おれは、これまで光を手に入れた場面を思い返してみる。

それはいつも、誰かが幸せになる光景と共にあった。

人を幸せにして、自分も幸せになれる……「朋也」という名にふさわしい。

ということは、知り合いの中に誰かまだ幸せになっていない人間がいるはずだ。

………………。

…………。

……。

思いつかない。

悩んだおれは、とりあえずタイトル……もとい、この世界の入り口に戻ってみる。

入り口には「NEW GAME」、そして「AFTER STORY」と記された扉がある。アフターストーリーが出てるんだから、アフター関連だろう。

そう、おれは今まで「AFTER STORY」の扉をくぐり、何度もあの結末を見てきたのだ。

「AFTER STORY」の扉の向こうで見た幸せな光景……芳野くん、伊吹姉妹、古河夫妻、そしておれ……

うーん、わからん。

そもそも「AFTER STORY」の扉が現れた時もひどい有様だったからな。智代さんを先にクリア……もとい、智代さんの幸せな光景を一度見ていたら、そう何度も同じ光景を見には行かないだろう。美佐枝さんの光をゲットしてすぐにタイトルメニューへ戻ったらいきなりアフターストーリー出現とか、感慨がないにも程がある。

おれが今までの経緯を思い返して愚痴をこぼしてる間にも、向こうの世界の時間はどんどん進んでいく。

朋也は今、演劇部の再建のために2年の教室へ入っていくところだった。

「悪いな、押し掛けて」

「いえ」

物静かな印象の女生徒に目が行く。

と同時に、きゅぴーん!とおれのメガネが光る。

「こ……この子だっ!」

おれは閃いた。

そう、ことみという子と関わった時にも手助けしてくれた女の子。

仁科りえ。

おれはこの子が最後の光の持ち主と見た。

立ち絵がないのが気になるが、それも演出かもしれない。まさに隠しキャラというわけだ。

そう思うと、彼女の立ち絵が見えてくる気がした。

我々が普段から何気なく過ごしている日常に潜んでいる非日常的な事象も、そこに意識を向けることによって初めて扉が開く。

そう。立ち絵が「ない」と思うから「ない」のであって、「ある」と思えば「ある」のだ。

さっそくおれは、分岐点と思われる時間へと跳ぶ。

身体のないおれにとって、時間跳躍など造作もないことだった。

『THE.L.O.A.D!!』

跳躍した先は、放課後の学食。

朋也は友人の春原くんとふたりで何やら喋っている。

(あいつ、勇気出して行ってんのかな……)

通りかかった後輩に声をかけている春原くんをぼんやりと見ながら、朋也は昼に会った女生徒――渚さんのことを思い出していた。

>『気になる』

『気にならない』

「気になる、気になるぞ~、朋也。早く旧校舎へ行け」

即座に「気になる」念を送って誘導する。

朋也は落ち着かない様子で春原くんをその場に置いて、旧校舎へと向かった。うむ、これでよし。

その後の出来事はだいだい見飽きるくらいに見てきたので早送りにして、いよいよ4月22日の放課後、仁科さんが登場する。

そして次の日の朝、これまた見慣れた脅迫状事件が発生した。

「どう見ても、あいつらの仕業じゃん。他に誰が廃部になってる演劇部なんかを目の敵にするっていうのさ」

春原くんが反論しづらい言葉で畳みかける。

「やめろよ、馬鹿っ」

朋也はそれがわかりつつも、渚さんを悲しませたくない一心で春原くんの言葉を遮る。

「みんなで、仁科さんたちの仕業って……そう思ってるんですか?」

「そんなの当然だろ。な、岡崎っ」

今にも泣きそうな顔をしている渚さんを尻目に、春原くんが朋也に同意を求めてくる。

『ああ』

>『違う』

おれは朋也の本心を援護するように、すごい勢いで「違う」念を送った。

「違う」

「はい? おまえ、マジで言ってんの?」

「ああ、大マジだ。あんな可愛い女の子がこんなことするわけないだろ。残りふたりは俺たちと会ったこともないしな」

「逆に可愛い女のほうがこんなえげつないことするんだよ。世界中の女がこの子みたいな性格だって思ってんじゃないだろうな」

春原くんは憤慨した様子で渚さんを指差す。

「世界中が……だんごで埋め尽くされるっ!?」

「誰もそんなこと言ってないです」

「ああ、そうか……」

どうやらおれが今まで見てきた光景と同じ流れのようだ。だが微妙にセリフが違う気もする。

「今日はご相談にあがりました」

その後、仁科さんが顧問の兼任を提案することによって演劇部は無事に再建。合唱部と共に創立者祭を目指すことになった。

そして次に朋也が仁科さんと会ったその日……ついに歴史は動いた。

「世界にたったひとり残された女の子のお話だから」

思えば、その言葉がはじまりだった。

彼女は"その世界"を――その世界に意識を向けたことのある朋也ですら理解できなかった"その世界"を、ただひとり理解しようとした人間だった。

おれは確信した。

彼女こそが、あの悲しい世界に終わりをもたらす存在だと……春の唄を歌う人だと。

「なぁ仁科、何か困ったこととかないか?」

「はい?」

おれの思いに応えるように、朋也が今までに聞いたことのない……未読の言葉を発する。

「いや、なんつーか……実は俺が好きとかさ、弟と見た木を守るために生徒会長目指すとかさ、亡くなった父母の思いを継ぐとかさ、姉の結婚式に出席する生徒を集めるとかさ、そういうの」

「あの……言いにくいんですけど……」

「なんだ、仁科。困ったことがあったら、なんでも俺に言ってくれ」

「いえ、その積極性が微妙に困ってるんですけど」

「なぜ? おまえ、俺と同じ境遇じゃん。だったらもうシナリオ突入しようぜ!」

「いや、そこまでぶっちゃけられちゃったら、もうシナリオにならないんじゃないかと」

「じゃあシナリオクリアだな。光くれ」

「もうどこからツッコんだらいいのか……」

「最悪に中途半端なところで切られて話にまったく集中できないんだ。あとでもう一回やり直すからさ、今は早く光をくれよ」

おい、ぶっちゃけすぎだろ朋也。

おれがこれまで必死こいて言葉を濁してきたのは一体なんだったんだよ……。

「私、持ってませんから」

「……は?」

「ですから、光なんて知りません」

本人の口から否定の言葉が出た。

なぜ? ホワーイ?

もう仁科さんしかいないだろ。勝平くんみたいなまだ会ってない隠しキャラがいない限りは。

「……」

「……」

「…………」

「あの~……岡崎さん?」

「……居心地の悪い家に戻って、ベッドに倒れ込んで意識を閉じるわ……」

「え? えと……はい。おつかれさまでした」

哀れ朋也。

こうして朋也は、おれが不甲斐ないばっかりに今回も"この世界"の意識を閉じてしまった。

ああ、そうそう。

足りなかった最後の光は「早苗さんの光」であった。

しかもフラグは学園編であった。

選択肢に「俺には渚がいる」とかあったら、普通そっち選んじゃうだろ……。

オープニングテーマが流れた時にちらっと出た早苗さんのCGを覚えていたらこんなことには……秋生くんのシナリオラストでふたりとも出てたから、勝平くんの時みたいにふたりでひとつの光かと思ったんだよ。

すまなかったな、朋也……。

――劇終。

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感想などをお題箱で伝えてくれたら嬉しいです!

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後書き

昔に途中放棄していたネタのひとつを仕上げてみました。詳細はCLANNAD MEMORIESの「攻略順」や「直幸」に書いてますが、学園編を何度もさまよっていた(美佐枝の光を見落としてAFTER STORYが出ない)CLANNAD初プレイ時、「立ち絵はないけど仁科りえが勝平みたいな隠し攻略キャラなんじゃないか……?」などと血迷った考えに至ることもありました。それプラス「直幸の思いが選択肢となって朋也を導いている」という妄想をミックス。

最初はプレイヤー視点の語りをどうにか直幸視点に落とし込もうとしてましたが、途中であからさまに力尽きてます。割とノンフィクションな部分も少々。ともあれ、楽しんでもらえたら嬉しい。