遠い、遠い町。

いつもと違う景色。

電車の窓から差し込む太陽の光。

春のぽかぽか陽気があったかい。

やがて……ゆっくりと電車は停まり、終点を告げる車掌さんの声がする。

あたしにとって思い出の場所……。

この大地の果てに、はじめてひとりで降り立った。

汐のぶらり旅日記 ~春~

おトイレ。

ひとりでできた。

「えらいな、汐は」

パパにあたまをなでてもらえた。

おふろ。

ひとりで入れた。

「しおちゃん、すごいですっ」

「い、いや、まだひとりじゃ不安だろ? 明日はパパと一緒に入ろうなっ!」

ママにあたまをなでてもらえた。

おつかい。

ひとりでできる。

「おう汐、話は渚から聞いてるぜ。ひとりでよく来たな」

あっきーに、あたまをなでてもらえた。

「親孝行な汐には早苗のパンをプレゼントだ」

「いらない」

「へっ、さすがは我が孫だ。危機回避能力にも長けてやがる」

「……さなえさん」

「なにぃ!?」

「いらっしゃい、汐」

「こんにちはっ」

さなえさんにも、あたまをなでてもらえた。

「食パン、ひとつくださいっ!」

ママに書いてもらった紙を見ながら、手をあげて"ちゅうもん"する。

「おう、タダで持っていけ」

「だめ、1000円もってきた。おつりください!」

「ちっ、渚に似て頑固な奴だな。ほらよ」

「わーい、おつり~」

食パンの入ったふくろとおつりを、あっきーにもらう。

「あとは……おまえのパパにプレゼントだ」

「プレゼント?」

「そうだ。パパに渡してやれ」

「でもパパね、えっと……あっきーのプレゼントいらないっす、って言ってた」

「ちっ、あの野郎……やるじゃねぇか。じゃあ早苗からプレゼントだ。汐、パパに渡してやれ」

「うん! わたすー」

「秋生さん、わたしから朋也さんにプレゼントってなんですか?」

「早苗のパンだ。馬鹿息子へのプレゼントに最適なんだ」

「わたしのパンは……わたしのパンはっ……プレゼントに最適だったんですねーーっ!」

「ちょっと待て今のは別に間違ってねぇんじゃねぇか!? それはともかく俺は大好きだーーーーっ!」

おつかいも、ひとりでできた。

おそうじ。

ひとりでできた。

おせんたく。

ひとりでできた。

おりょうり。

ひとりで作れた。

パパもママも、よろこんでくれた。

ひとりでできたら、みんなよろこんでくれる。

ずっと、そう思っていた。

だから……

「ひとりで遠くまで行ったらいけませんよ」

小学校のはじめての遠足で先生にそう言われたとき、あたしはびっくりした。

ふぅちゃんみたいに「ショックですっ」って言っちゃうところだった。

あたしにとって、知らない場所の"たんけん"は一番の楽しみだったから。

となり町より遠い場所。

知らない町の、知らない場所に行く……はじめての遠足。

気になる道がいっぱいあった。

あの道を曲がると、どこへ行けるのだろう。

あの道を曲がると、どんな景色が見えるのだろう。

でも、行きも帰りも、気になる道を曲がることはできなかった。

「きっと先生は、しおちゃんのことが心配だったんです」

「そうだぞ汐。パパが今でも汐と風呂に入りたいって気持ちと同じだな」

「それとはちょっと違うような気がしますけど……」

うちに帰ってパパとママに話したら、パパとママが教えてくれた。

「パパもママも、しおちゃんが急にどこかへ行ってしまったら心配します。それと同じです」

「急じゃなくて、ゆっくりならいい?」

「ゆっくりでもダメです」

「えぇー」

「おまえ、そういう屁理屈、どこで覚えてくるんだ?」

「きっとパパに似ちゃったんです」

「いや、俺に似たんならもっとうまくやるはずだ。これは風子だろ……」

急でもゆっくりでもダメだったら、どうすればいいんだろう。

「えっと……それなら、『行きたいところあるから行っていい?』って聞く」

「そうですね。今回は遠足ですから決まった道を行かないとダメでしたけど、行きたいところがあったらまずは行き先をちゃんと伝えて、『いいよ』って言ってもらえたら行きましょう」

「はーい」

よくわかったので、手をあげてへんじした。

「で? 汐はどこに行きたいんだ? パパが連れてってやるぞ」

「ううん。ひとりで行きたい」

「なにぃ!」

「遠足で行ったところまで、今度はひとりで行っていい?」

「電車でか?」

「うん……だめ?」

「わたしは、しおちゃんがしたいようにさせてあげたいですけど……」

「う……そ、そうだな。可愛い子には旅をさせろ、って言うからな……」

「わーいっ!」

あの道も、あの道も、ぜんぶ。

今度は、いっぱい曲がってみよう。

いっぱいいっぱい、知らない景色を見よう。

つぎの日ようび。

パパとママに手をふって、しゅっぱつする。

「いってきまーす!」

「いってらっしゃい」

「車に気をつけろよ。あと、知らない大人についていくなよ。あと……」

「うん! だいじょうぶ」

ぐっ!と両手をにぎって、へんじする。

わくわくしながら歩きだしたんだけど、いつのまにかスキップしてた。

「だんごっ、だんごっ」

だんご大家族を歌ってたら、駅についた。

つぎは、きっぷを買う。

「……うーん……」

こまった。

背が、とどかない。

遠足のときはきっぷを買わなかったんだけど、どうして電車に乗れたんだろう。

「んしょ……んしょっ」

まずは、じぶんでがんばってみて、できなかったら駅のひとに言う。

「よいしょっ」

「嬢ちゃん、無理すんなよ。こういう時は駅員さんを呼ぶんだ」

いっしょうけんめい背のびしていたら、だれかが駅のひとをよんでくれた。

「このボタンでいいのかな?」

「あっ、うん!」

けっきょく駅のひとにお金をいれてもらって、きっぷも買ってもらっちゃった。ちょっとざんねん。

「ありがとうございました!」

駅のひとと、たすけてくれたひとに、おれいを言う。

「あっ!」

たすけてくれたひとはパパだった!

「……パパ、なにしてるの?」

「俺はパパではない。通りすがりの電気工事士だ」

あっきーと同じ黒いめがねしてるパパ。ヘンなの。

「それじゃあパパ、いってきます!」

「ちょっ、ちょっと待ちな嬢ちゃんっ。ここから先はひとりじゃ危ないぜ。おじちゃんも偶然だが同じ目的地なんだ。一緒に行かないか」

パパ、すごい早口。

やっぱり心配、なのかな。

「……うーん」

でも、いっしょに行ったら、いつもと変わらない。

「えっと……ごめんなさい。パパに、『しらない大人のひとについていくなよ』って言われたの」

「ぐあ……」

パパ、びっくりしてる。

ふぅちゃんみたいに「ショックですっ」って言っちゃいそう。

でも、いつものパパだったら、きっとあたしについてくる。

ひとりでできるって、パパに見てもらおう。

電車に乗って、遠足で行った駅まで行く。

遠足のときに見た景色と同じはずなのに、ぜんぜんちがう景色に見える。

すごかった。

「うーんっ」

電車をおりて、大きく背のび。

知ってるけど知らない景色。

遠い場所でも、ひとりで"たんけん"できる。

遠足のときに気になってた道を、さっそく曲がってみた。

「わぁ……」

見たことのない景色だった。

遠い町の、知らない場所。

たのしい。

気になる道をいっぱい曲がって、知らない景色をいっぱい見て、パパとママにもらった"ちず"を見て……さいごに、遠足で行った場所まで歩いてきた。

「ひとりでできたっ」

両手をのばして、ばんざいする。

たのしかった。

「ね? パパ」

うしろをふりかえって、ずっとついてきてたパパに話しかけた。

「くあ……」

パパはお空を見て、ヘンな声。

「ひとりでできた」

「あ、ああ……偉いな、汐は」

パパにあたまをなでてもらえた。うれしい。

「つーかおまえ、よくパパだとわかったな。ママだったら気づかなかったぞ」

「うん、だってパパのにおいするもん」

「匂いっておまえ……その年で匂いフェチはヤバいからやめとけ」

「?」

パパのにおいは、かっこいいにおい。

ママのにおいは、やさしいにおい。

どっちもだいすき。

「ね、パパ。ひとりでできたから、もう心配じゃないでしょ?」

「いや、親はいつだって心配なんだ」

「えぇー」

「でもまぁ、汐がしたいことはさせてやりたいのも親心ってやつだ。だから、行きたいところがあったら遠慮なく言えよ」

「じゃあじゃあ、次はおじいちゃんち。ひとりでいってみたい」

「ふぅ……仕方ない。でも来年な。ママにも聞いとけよ」

「うんっ! ありがとう、パパっ」

***

駅を出たあたしは、うーんと手を伸ばして大きく背伸び。

まぶしい太陽に目を細めて、麦わらぼうしをかぶる。

春のそよ風が気持ちよかった。

「だんごっ、だんごっ」

去年まではパパとママと手をつないで歩いた、緑がいっぱいの道をひとりで歩く。

電車からも見えていた大きなお花畑。

そこに見えたふたりの姿に、大きな声で手を振る。

「おじいちゃーんっ! ひぃおばあちゃーんっ!」

走っていって、ふたりにごあいさつ。

「こんにちはっ!」

「こんにちは、汐」

「ひとりでよく来たね」

おじいちゃんと、ひぃおばあちゃんに、頭をなでてもらえた。

またひとつ……。

ひとりでできることが増えた。

――おしまい。

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感想などをお題箱で伝えてくれたら嬉しいです!

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後書き

汐の日本列島ぶらり旅……そのはじまりはやっぱりここ! というわけで、直幸の実家にひとりで辿り着いた汐です。小学生の汐一人称ということで最初はほとんど平仮名にしてたんだけど、さすがに読みにくすぎるので漢字を増やしました。

『光見守る坂道で』汐編で「ひとり旅は慣れてるし」と言ってるところから想像を広げて、その出発点を書いてみたよ。