「うっわ~、この辺りは何も変わってないね。懐かしいなぁ」

「……って、田んぼだらけだったとこが道路になってるし……」

「わっ、あんなとこにでっかいビルが建ってるよ!」

車窓から見える景色に一喜一憂する。

「ねぇねぇ部長、ほら見てよ。あそこに……」

「……原田さん」

「なに?」

「私たちは遊びに帰ってきたわけじゃないのよ」

向かいの座席に座っている部長が、窓の外を横目でちらりと見てから言う。

「私たちは未来へ進むために……過去の迷いを断ち切るために帰ってきたのよッ!」

「それはあなただけでしょーが!」

部長が膝の上で抱えているバレーボールをびっと指差す。

彼女はバレー命。バレーボールを持っていないと落ち着かないらしく、長期間ボールに触っていないとストレスが溜まるようだ。

大学時代に相部屋で生活していてわかったことだが、彼女は寝る時もボールを抱いて寝ている。その姿はいつもとギャップがあって可愛らしいが、子供みたいで笑える。さすがに食事中や風呂の中にまでは持ち込んでなかったが。

それはそれとして、こうやって膝の上でボールを抱えているのは不安の表れだ。

「そ、そうだったかしら……?」

「そうですよ。わたしはただ久しぶりに故郷へ帰ってきただけです。部長みたいに深刻な状況じゃないです」

中学の時にバレーボールを始めてから十年あまり。

最初は身長の低さから、非常に不利なものだと思われた。

だが、いろいろあった高校生活、充実した大学生活を終え、今もわたしはバレーを続けている。

大学でそれなりに成果を残せたおかげで、わたしにも未来が開けたのだ。

そこで一足早くその道に進んでいた部長と再会し、選抜へ向けて練習の日々が続いた。

そして、選抜を直前に控えたある日。

わたしたちは願掛けも兼ねて故郷の町へと帰ってきていた。

CLANNAD 10years after ~原田~

「…………」

電車を降りると、そこは別世界だった。

そもそも駅のホームからして違う。

まず屋根がある。昔は屋根なんてなかったから、雨の時は改札口で時間を潰していた記憶がある。

そして出口がふたつに増えている。裏口から出ると、昔からあった駅前スーパーに直接行ける。ていうかそのスーパーも改装されているみたいだった。

最後にして最大の違い……それはホームから見える景色だった。

駅前には高層ビルが建ち並び、昔はどこからでも大空を見渡せていた景色を遮っている。

あまりの変わりように言葉も出なかった。

「十年足らずで、ここまで変わってしまうものなのね……」

部長も少なからずショックを受けたようで、ホームから見える景色に目を向けながら大きく息をついていた。

「なんか浦島太郎の気分だけど……とりあえず降りましょうか」

「そうね」

気を取り直してホームを降りる。

改札口を出たところで、見覚えのあるものがあった。

「ありましたよ部長っ、変わってないのが」

懐かしくなって思わず駆け寄る。

それは昔と変わらない券売機だった。

「ほら、部長が昔、表示されてる数字のほうを必死に押しながら『切符が出てこない!』ってキレてた券売機ですよっ」

「な、なんでそんな細かいこと覚えてるのよ!」

「懐かしいな~」

ひとしきり懐かしんで、駅を出る。

外に広がる光景は、ホームで見た通りだ。

わたしたちが今暮らしている町の駅前にもビルは建っているから景色自体は珍しくもないし、それはわたしたちがその町で暮らすようになった時から建っていたものなのでなんとも思わなかった。

だが今こうして故郷の駅前にビルが建ち並んでいるのを目の当たりにすると、そこも昔はビルなんて建ってなかったんだろうな……なんて、思わず感傷的になってしまう。

「……さて、まずはどこへ行きます?」

「そうね、まずは……我々の母校へ」

「了解」

わたしたちは歩き慣れた道のりを、そして見慣れない景色の中を、懐かしい坂の上の学校へ向かって歩き出した。

長い、長い坂道。

三年間、登り続けたあの頃と変わらない景色。

駅前周辺は大きく変わっていたけれど、ここは何も変わっていなかった。

「ここは変わってないわね……」

「そうですねぇ……あ、ほら、あの木! 部長が猪に体当たりされて頭ぶつけた木ですよっ。ちょっとヘコんでるし」

「原田さん……あなた、余計なことばかり記憶しているのね」

「いやぁ、懐かしいな~」

「聞いてないわね……」

ひとしきり懐かしみながら坂を登ると、そこには変わらない景色と変わってしまった景色が混在していた。

「旧校舎が、変わってる……?」

「あら、そう? 私にはわからないけど」

校門をくぐって校舎に近づくにつれ、疑問は確信に変わる。

「やっぱり昔と違う。建て直したのかな」

「さぁ……もともと私はあまり旧校舎に行ったことがないから、わからないわ」

そりゃそうだ。文化部に所属していない限り、旧校舎へ行く機会はあまりない。

「……って、よく考えたら勝手に学校入っちゃったんだけど、いいの?」

「三沢先生に許可をもらってるから心配は無用よ」

「へぇ……あの先生、まだこの学校にいたんだ。バレー部の顧問も?」

「ええ。それじゃ私たちの後輩に会いにいきましょうか」

わたしたちはあの頃と変わらない佇まいの体育館に足を向けた。

「おお……っ」

館内は熱気が立ちこめていた。

手前に見えるのがバスケ部、ネットで仕切られた向こう側がバレー部、わたしたちの頃とまったく変わらない部活の風景だった。

「やってるやってる。みんな頑張ってるねぇ」

「私も参加しようかしら」

部長がボールを握りしめている。まったくこの人は……もう我慢できなくなったのか。

「あ……!」

部員のひとりが今にもサーブを打ち出しそうな部長に気づくと、それを皮切りに部員全員の目が部長に集中する。あっという間に部長は後輩たちに取り囲まれていた。

部長は、この学校の弱小バレー部を立て直した伝説のバレー部長として在学中から有名だったが、それは今も語り継がれているようだ。生ける伝説を前にして、黄色い声が飛び交う。

「いや~、すごい人気。うらやましいねぇ」

「我関せずなんて顔してるあの子こそ、坂高(ざかこう)の小さな巨人……ノミの如きジャンプ力で敵を翻弄する伝説のスーパーエース、原田さんよッ!」

揉みくちゃにされる部長を遠巻きに見てたら、いきなり部長がわたしを指差しながらそんなことを言い出した。

「って、誰がノミだっ」

部長の言葉にツッコミを入れたことで、今度はわたしに視線が集中する。

「げ……」

追いかけられると逃げたくなる性質で、わたしは思わず体育館の外へと逃げ出していた。

「なんで逃げるのよ」

校門前で息を切らしていると、後ろから部長が追いついてきた。

「ああいう雰囲気が苦手なの、知ってるでしょ」

「そういえば、卒業式の時も逃げ出してたわね」

「そんなわけだから、わたしはパス。せっかくだから部長は参加してきたら?」

「やめておくわ。あれじゃ練習になりそうにないから」

「かもね」

「そのかわり……」

部長がどこからかボールを取り出す。なんか、猛烈に嫌な予感がする。

「久しぶりに坂下りをやるわよッ!」

「えぇー」

坂下りとは文字通り坂を下りながらパスを繋いでいく、部長が考案した危険で迷惑な練習方法だ。

今の時間なら人通りは少ないからまだマシだけど。

「ああ、楽しかった……」

「ああ、キツかった」

なんとか無事に坂を下りきる。

部長は恍惚とした表情を浮かべている。もう慣れたけど、やっぱり変な人だ。

「さて、次はどこに――ってあれ?」

気を取り直したところで、見覚えのある姿が目に入った。

「おーい、原っちー!」

大声で呼びかけると、その子はこちらを振り返る。数年会ってなかったけど、そんなには変わっていない。

旧友との思わぬ再会に、嬉しくなってそばに駆け寄った。

「は、原田さん……お久しぶりです」

「卒業以来かぁ~」

「……原田さん」

『はい?』

遅れてやってきた部長の呼びかけに、ふたり同時に答える。

「両方、原田さんなのね……わかったわ」

部長はボールを小脇に抱えて、びしっとわたしを指差す。

「小さいほうの原田さんッ」

「小さい言うなっ!」

わたしのツッコミに満足したのか、言葉を続ける。

「こちらの原田さんはどなたかしら?」

「合唱部やってた時に一緒だった後輩の子だよ」

「こんにちは」

「え、ええ……こんにちは。そういえば見たことある子ね」

「部長が岡崎先輩と運命の再会をした時も、その場にいたからね」

「そ、そんないいもんじゃないわっ。あいつ、私のこと忘れてたしっ!」

岡崎先輩の名前を出した途端、目に見えて狼狽する。わかりやすい人だなぁ。

「おふたりとも、選抜がんばってくださいね」

「あれ、知ってたの?」

「新聞にも出てましたから」

「ああ……地元紙はネタがないからねぇ」

「それでも、誇らしいことよ」

復活した部長が口を挟んだ。

「まぁね。そっちは元気にやってる?」

「あ、はい」

「仁科や杉坂は?」

「仁科さんはこの町で音楽教室を始めたんだそうです。杉坂さんは劇団に入りました。今はこの町にいませんけど」

あの充実した時間をずっと一緒に過ごしたわたしたち三人も、今は別々の道を歩んでいる。それが寂しくもあり、ふたりの未来がわたしと同じように開けたことを嬉しくも思った。

空が茜色に染まり始めた頃、わたしたちは町の北側、高台にある公園を訪れていた。

「この公園は昔とあまり変わってないなぁ」

「そうね……」

「ここからだと町が見渡せるね。中学の頃は、よくここで練習してたなぁ」

「あら、あなたもなの?」

「部長も? ていうかここから部長の実家って、かなり遠いと思うんだけど」

そもそも部長はわたしがいた坂中(ざかちゅう)ではなく緑ヶ丘中の出身だ。ここから山をひとつ越えたところにある中学だった。

「そ、それは……」

歯切れ悪く口ごもる。その様子から、なんとなく察しがついた。

「練習を知り合いに見られたくない、と」

「優雅な白鳥は、水中で足掻く姿を決して見せないものなのよ」

「でも部長って、特訓とか大好きじゃん」

「大好きだけど、それを人に見られるのは嫌なの!」

わたしは見まくってるんだけど……もしかしてわたしって、人として認識されてない……?

「あら……?」

不意に部長が足元に目を向ける。そこへ転がってきていたのはバスケットボールだった。

「すみません、ボールとってくださ~い!」

小さな女の子がこっちに駆けてきていた。

部長は昔を懐かしむようにそのボールを拾い上げると、一、二回ドリブルしてから女の子に向けて山なりボールで返す。

「ありがとう~!」

女の子はそのボールをジャンプして掴み取ると、歯を見せて笑った。

「すごいジャンプ力ね……原田さんみたい」

「いや、あんなに小さくないから」

女の子の体には不釣り合いな大きいボールをドリブルしながら走っていく。

「パパぁ~、ぱすっ」

「おっ、ナイスパス! 将来はプロバスケ選手だな」

「えへへ……」

投げたボールを受け取った父親に褒められて、女の子は満面の笑顔を浮かべる。微笑ましい光景だった。

……って、あれ? あの人、どっかで見たことあるような……。

「ああっ! おか――モガモガ」

大声で指差そうとしたわたしを部長が押さえつけてきた。

「おやめなさい」

「……でもさ、いいの?」

「いいのよ……」

寂しそうな部長の横顔。

前にも一度見たことがある。わたしが怪我してバレーができなくなった時……合唱部に入る直前だ。

仲良く手を繋いで去っていく父娘の姿を、わたしたちは呆然と見送った。

夕闇迫る中、わたしたちは互いの実家には立ち寄ることなく、駅へと戻ってきていた。

ベンチに座って、がらんとした駅のホームを見回すと寂しさが募る。

明日からはまた向こうの日常へと帰っていく。

今日、数年前までの自分の日常を改めて振り返り、いろいろと思うことがあった。それが、部長みたいに過去の迷いを断ち切るためなのかどうかまではわからない。

「過去の迷い……断ち切れた?」

部長に訊いてみると、大げさにため息をついてみせた。

「……これ以上ないくらいに、ばっさりと切られたわね」

「わたしも卒業後は会ったことなかったから知らなかったよ。可愛い娘さんだったね。母親似なんじゃないかな」

「やっぱり私にはバレーしかないわ! 帰ったら特訓よ、原田さん!」

すくっとベンチから立ち上がった部長は、手に持ったボールを沈みゆく太陽に掲げる。意外と立ち直りが早かった。

「しゃあない。付き合いますかっ」

改めて、わたしたちの生まれ故郷を振り返る。

ホームから見える景色は大きく変わっていたけれど、やっぱり何年経ってもこの町はわたしたちのよく知る町だった。

「次に、この町に帰ってくる時は……」

「壮大な凱歌をBGMに帰還したいわね」

ホームに入ってきた電車に乗り込み、わたしたちは故郷の町を後にした。

凱旋を誓って。

――終わり。

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感想などをお題箱で伝えてくれたら嬉しいです!

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関連SS

後書き

CLANNAD10周年記念SS第24弾、合唱部員3こと原田アフター、合唱部員原田は……実はふたりいたんだよ! な、なんだってーーっ!?の巻でした。

原田は仁科・杉坂コンビとは違い設定もなくセリフも一言なので完全にオリキャラです。原形は一人称「わたし」だけ。

なので以前書いた合唱部SS原田編から未来を想像してみました。バレー部部長のほうがメインになってるような気がしないでもないけど、原田は空気キャラなのがアイデンティティーなのでそれもまた良し……かな?

オリジナル色が強すぎてCLANNADっぽさをあまり出せなかったのですが、楽しんでもらえたら嬉しいです。