CLANNATSU

……早苗パン。

意外なところから現れた近所でも評判(?)のパンに、私たちは思わず後ずさる。

朝に私が食べた七色に輝くパンとは異なり、シンプルな色彩だ。ただ、外見はパンと呼ぶには程遠い造形をしていた。

角が丸まった大きな三角形。この、見覚えのある形は……

「おにぎりパン……か?」

「これは私も初めて見たけど……たぶん」

「おむすびパンです」

おにぎりにせよ、おむすびにせよ、それが早苗パンであることに変わりはない。

「おむすびパンで自己紹介は結局できませんでしたので、磯貝さんにさしあげます。どうぞ」

「……え゛」

思わず声が裏返る。

ぎぎぎ、と首だけ動かして横を向くと、さわやかな笑顔でサムズアップしていた。

「グッドラック。なっちゃんなら慣れてるから余裕でしょ?」

人ごとだと思って簡単に言ってくれる。

「えーっと……おむすび、ってことは具が入ってると思うんだけど、何が入ってるの?」

念のため訊いてみる。

「風子知りません。それは食べてのお楽しみ、だそうです」

すごく早苗先生が言いそうなセリフだった。

「まるでロシアンルーレットだな」

「これから食べる人間の前で嫌な例えしないでよ……」

ええい、ままよ!

思い切って大きく口を開け、本日二個目の早苗パンをがぶっと一口。

「……」

もぐもぐと咀嚼。うん、お米だ。というか赤飯? パンの皮(?)の中に赤飯らしきものがびっしり詰まってる。外側にはご丁寧に海苔まで巻いてある。

それで肝心の味のほうはと言えば……うーん、ノーコメント。

「…………」

もう一口、そして咀嚼。ほんのりと塩味が効いている以外は海苔と赤飯とパンの硬い部分の味しかしない。

「………………」

もう一口……うっ!

「うむ゛む゛……」

ついに具を引き当てたようで、今までと違う味が口の中いっぱいに広がった。思わず口をすぼめる。

「なっちゃん大丈夫かっ。口が米の字になってるぞ!」

「……すっぱい……けど、あまい」

具に梅干しは、まあいいとして……同時に来たこの甘さは……。

パン、赤飯、海苔、梅干し……と口の中が混乱してるけど、これは『あん』――つぶあんだ。あんパンだったのか。この形であんパンだなんて、いったい誰が予想できようか。早苗先生ってすごいや~。

とにもかくにもなんとかぜんぶ食べ切って、最後の一口をこくんと飲み込む。

「おむすび、梅干し、あんパン……だった」

「当たり弾入りすぎ。ロシアンルーレットにすらならなかったか……」

というより、このパン自体が弾丸そのものだった。

「磯貝さんすごいですっ。秋生さんの言った高いハードルを跳び越えました! すごく心優しい人ですっ」

なんか伊吹さんが目を輝かせて感激している。確かに早苗パンを一日に二個も食べるのは、いくら食べ慣れた私と言えどハードルがすごく高い。

「さっすがなっちゃん、相変わらず見事な食いっぷりだったぜ。はい、お茶」

行きがけに買ってきていたのか、鞄からペットボトルのお茶を取り出して私に差し出す。

いつもは私を苛立たせるだけのこいつがこうやって時折見せるさりげない優しさに、不覚にもドキッとしてしまう。

「あ……ありがと」

ペットボトルが未開封なのを確認してから礼を言う。

はぁ、やっぱりこいつを嫌いになるなんてことは無理なのかもしれない。だからと言ってこれで惚れてもなんだか負けた気がする。そんな、複雑な幼なじみ心だった。

「どうでしたかっ?」

お茶を飲んで落ち着きを取り戻した私に、伊吹さんがテンション高く詰め寄ってくる。

「どう、って……伊吹さんは食べたことなかったの?」

まあ一度でも食べたことがあったら、さっきみたいに無邪気に勧めてはこないだろうけど。

「はい。友達へのプレゼント用に、秋生さんからもらいました。心優しい人が食べてくれるそうです。秋生さんの言った通りでしたっ」

いや、自分で言うのもなんだけど、私だから平気だったんだよ? 他の人だったら大変だよっ?

自己紹介からして何か変だと思ってたけど、どうやらアッキーの仕業らしい。

「……ちょっとアッキーに文句言いに行ってくる」

「なっちゃん行くところ、俺あり。もちろん付き合うぜ」

帰り道にちょうど古河パンの前を通るという伊吹さんを伴い、私たちは古河パンに向かった。

☆☆☆縁を結んだ小さなもの

「いらっしゃいませー」

子供たちの遊ぶ声が響く公園を抜けて、古河パンに到着。ガラス戸を開けて店の中に入ると、女性の声が出迎えてくれる。私たちのよく知る早苗先生の声だ。

「早苗先生、ちわーっす!」

「あら、おかえりなさい。新しい学校はどうでしたか?」

「今日は入学式だけだったから、物足りなかった」

私たちふたりは小学生の頃から中学を卒業する最近まで、ここ古河パンの二階で開かれる学習塾に通っていた。塾と言っても堅苦しいものでは決してなく、近所の子供たちを集めて仲良く勉強会をするような感覚だ。

早苗先生は科目を問わずひとりひとり丁寧に教えてくれるため、ここに通う子供たちみんなから慕われている。

私たちが今の学校に通えるようになったのも、早苗先生のおかげと言っても過言ではない。高校受験を終えた私たちは早苗先生が教えられる範囲を越えてしまったため、もう塾には通えなくなってしまったが、早苗先生が私たちの先生であることはきっと一生変わらない。

ちなみに私たちふたりは一緒にいることが当たり前のように思われているので、こいつが声をかけた時点で私の存在は早苗先生に認識されていた。それでも一応の挨拶をしてから本題に入ることにする。

「早苗先生、ただいまー」

「おかえりなさい」

「秋生さん、います?」

「秋生さんなら今は出かけてますよ」

「ありゃ珍しい。昼前からいないなんて」

「すぐに戻ってきますよ。夏海ちゃんは新しい学校、どうでしたか?」

「まあ楽しかったですけど、またこいつと同じクラスになっちゃいました」

「それは良かったですねっ」

「ええ、最高に良かったっす!」

横からアホが割り込んでくる。最高に良くないです。

「あら……風子ちゃん?」

私たちの後ろから顔を出した伊吹さんに、早苗先生が気づく。

「おかえりなさい、風子ちゃん。風子ちゃんは、学校はどうでした?」

「はい、楽しかったです」

伊吹さんが笑顔で答える。

「やっぱり早苗先生も伊吹さんと知り合いだったんですね」

「ええ、わたしの友達の妹さんです。夏海ちゃんたちは風子ちゃんのお友達になってくれたんですよね?」

「あ、はい。クラスも一緒です」

「それなら安心ですねっ」

何が安心なのかはわからないけど、早苗先生は伊吹さんと親しいようだった。今朝の出会いは本当に『運命の出会い』だったのかもしれない。

「おうっ、今日は盛況だな。いっぱい買ってけよ。特に『今週の新商品』がおすすめだ」

ガラス戸が開き、ちょうど戻ってきたらしいアッキーが顔を出す。

「お客じゃなくて悪かったですね。私たちですよ」

不機嫌を隠さずにそう言い放つ。

「なんだ夏海、おめぇ機嫌悪ぃな」

「まあ、なっちゃんにもいろいろありまして……」

アッキーは目の前にいる伊吹さんと、並んで立つ私たちとを交互に見回してから口を開く。

「で? おめぇら学校はどうだったよ」

「見ればわかるでしょ? またこいつと同じクラス」

「それだけ縁があるってこった」

「ですよねっ」

縁は縁でも腐れ縁だ。今朝、伊吹さんに言われた『納豆菌みたいな関係』を思わずビジュアルで想像してしまい、寒気がした。

「で、風子も同じクラスなのか?」

アッキーの問いに伊吹さんがこくんと頷く。

「こいつぁますます縁ってやつだな」

腕組みをしてうんうんと頷くアッキー。私はさっそく本題に入ることにした。

「アッキーでしょ? 伊吹さんに変な入れ知恵したの」

「あん? いきなりなんの話だ」

「自己紹介のこと! オレオレとか、YO!YO!とか……あと、ウルトラの母とかっ」

私の言うことが伝わったらしく、拳で手のひらをポンと叩いて見せる。

「おおっ、自分から突っ込んでいってきっかけを作ったのか! 風子、友達ができたじゃねぇか」

「はい、風子がんばりました」

「いや、そんな方法じゃ普通は友達できないから」

「んなこたぁねぇよ。渚も実践した由緒ある方法だぞ」

「え、それ本当っ!?」

思わず身を乗り出して訊き返す。

「なっちゃん……どう考えても嘘だと思うぞ……」

「嘘!?」

アッキーを睨みつける。

「ちっ。渚にもアドバイスしたのは本当だ。渚にゃ難易度が高かったようだがな」

「いや、高すぎるっす。それにしても、相変わらずなっちゃんは渚姉ちゃんの話となるとすげぇ食いつくなあ」

「……こほん」

咳払いをひとつして、話を戻す。ちょっと顔が赤くなってるかも。

「友達作りのアドバイスだかなんだか知らないけど、挙げ句の果てにおむすびパンだよ。これもアッキーの提案らしいけど?」

「縁結びパンですねっ。夏海ちゃんいかがでしたかっ?」

早苗先生が目を輝かせて訊いてくる。縁結びパン、そんな名前なんだ……。結ぶどころか下手すると切れそうだけど。

「……独創的な味でした」

「ありがとうございますっ」

誉めてないです、先生。

「なんだ夏海、おめぇが食ったのか」

「そうですよっ。悪いですか?」

つっけんどんに答える。

「へっ、さすがは夏海だ。高ぇハードルを軽々と跳び越えやがった」

軽々と、ではない。

「良かったな、風子。友達のために命を懸けて早苗のパンに挑んで勝利してくれる……そんな心優しい奴が見つかってよ」

「はい、よかったです」

なんかちょっといい話みたいな流れになってるけど、アッキーは今確実にこの場で言ってはいけないセリフを口にした。

確信を持って早苗先生を見ると……案の定、涙ぐんでいた。

「わたしのパンは……わたしのパンはっ……」

「あ、やべ」

失言に気づいたアッキーが慌てて自分の口を塞ぐも、もう遅い。

「命懸けで挑むものだったんですねーーっ!」

早苗先生はすごいスタートダッシュで店の外まで駆け抜けていった。

「早苗っ! うおぉ、なんてこったっ……」

アッキーは『今週の新商品』のコーナーから、私が今朝食べた七色に輝くパンが山積みになったトレイを手に取ると、トレイを傾けていっぺんに口の中へ詰め込む。食べ慣れた私でも絶対にできない芸当だ。

「俺は大好きだーーーーっ!」

そして、叫びながら店の外に飛び出していった。

「…………」

残された私たちの周りを沈黙が支配する。店の中に従業員がいなくなってしまった。

「……出よっか」

「うん」

無人販売となった古河パンから退出する。入る前は公園から聞こえていた子供たちの声も、もう聞こえない。

そういえばもうすぐお昼だ。早苗パンを二個も食べたからあんまりお腹は空いてないけど、とりあえず今日はもう家に帰ろう。

「じゃあ私は帰るね。私ん家、ここの隣だから。あ、ちなみにこいつはあっち」

「風子は向こうです」

「それじゃ、ここでお別れだね」

「はい」

なぜかその場から動かずに、私たちをじっと見上げる伊吹さん。いや、私じゃなくて隣をじっと見つめているようだ。

「ん? どうしたぶっきー、俺の顔じっと見て……」

見る、というより睨んでるように見えるけど。

「ああ、言っとくけど俺には惚れるなよ。悪いが俺にはなっちゃんという心に決めた人が……」

「はいはい」

相変わらずの似合わないセリフを軽く流していると……

「あ、三木道三そっくりな人が歩いてます!」

伊吹さんがそう言っていきなり私たちの後ろを指差した。

「一生一緒にいてくれやと口ずさんでますっ。きっと本物です!」

あまりにも唐突で意味不明な言葉に、ふたり顔を見合わせる。

「えっ……と」

「三木――誰?」

「ショックです! 風子、ジェネレーションギャップを感じましたっ」

いや、同い年だし。

何やらショックを受けた様子の伊吹さん、今度はきょろきょろと周りを見回し始めた。また何か変なこと言い出すんじゃなかろうか。

「ああっ、西城秀樹そっくりな人が歩いてます! オーロ~ラロ~ラと愛を叫んでますっ。今度こそ本物ですっ!」

伊吹さんがまたしても私たちの後ろを指差す。ほら、やっぱり変なこと言い出した。今度は知ってる人だったけど、さすがにこれはどう考えても嘘でしょ。

「マジで!? どこどこっ?」

引っかかってる奴がいた!

その隙に伊吹さんは懐から何か取り出すと、そいつの背中に後ろからずぼっと差し入れた。

「ぐあっ」

うめき声をあげたこいつが振り返るよりも早く、伊吹さんは一目散に逃げ出していた。

一部始終を見ていた私も呆気に取られて、バイバイともまた明日とも言えなかった。うーん、やっぱりまだよくわかんないところのある子だなぁ。

「なんかでっかいもん背中に入れられたんだけど……何?」

「私もよく見えなかった。伊吹さんって、時折すっごい素早いよね」

「悪いんだけど、なっちゃん取ってくんない?」

私に背を向けて中腰になる。

「は? な、なんで私が? 自分で取りなさいよ」

「いや、奥のほうまで入っていっちゃったから手が届かないんだよ。それに、さっきから背中になんか冷たいもんが当たってて気持ち悪い」

中腰のままでくねくねと身をよじる。見てるこっちも気持ち悪い。

「しょ、しょうがないなあ……。あ、でも、緊急事態だから仕方なく……だからねっ。仕方なくよ、仕方なく!」

「そこまで何重にも念を押してるとさ、逆にツンデレだと思われるぜ」

「ツンデレ言うな」

本っっ当に仕方なく、真新しい上着の襟を引っ張って隙間を広げ、背中に手を突っ込んだ。

「……どこ?」

「もうちょい下」

さらに奥へと手を進める。

「あ、なんかあった。ざらざらしてる」

「引っ張り出してくれ」

手探りで掴もうとすると、その"何か"は滑るようにしてさらに奥へと行ってしまった。

「ああっ、もう! 逃げられた!」

「ええっ!? もしかして生き物なのっ?」

「今度こそっ」

「ちょ、ちょっとなっちゃん聞いてる?」

負けじと手をさらに奥へと突っ込ませる。

「む、どこいったっ?」

「ちょっ、なっちゃんくすぐったいって!」

「もう! 動かないでよっ」

指先に硬い物体が触れた。間違いない。

「もらったあーっ!」

確信を持って掴みかかるも、するりと避けられ奥へ奥へ。

「……あれ?」

カランと音を立てて、何かが地面に落ちる音。

その音を聞いて、私はハッとなった。

「よく考えたら下に落とせばいいんじゃないかあーーっ!」

「あ、そういえばそうだな。でもまあ、なっちゃんの手があったかくて気持ちよかったから別にいいや」

「もしかして……わざと?」

低い声で睨みつける。坂上先生には遠く及ばない迫力だけど。

「わ、わざとじゃないって! 俺も思いつかなかったんだよ」

「……本当に?」

「誓って嘘は申しません!」

長年の付き合いだからわざとじゃないのはわかってたけど、さっきの自分の行動を思い返すとなんか恥ずかしくなってきたので、ちょっと意地悪してみた。

「それで? 何が入ってたの?」

「ああ。えっと……」

足元に落ちた"それ"を拾い上げる。

「なんだこれ。星?」

「あっ、それ……」

見覚えのある"それ"を見て、伊吹さんからもらった木彫りを鞄から取り出してみる。

「やっぱり同じだ」

「おっ、なっちゃんも持ってたんだ」

「うん。今朝、伊吹さんからもらったの。あんたが蹴っ飛ばす前にね」

「いや、あれは……今朝なっちゃん家に行ったら、おばさんがもう出たって言うから心配になったんだ。あそこの運動部、柄が悪い奴も多いって聞いてたから」

「もう心配されるような年じゃないって何度も言ってるでしょ? それに伊吹さん以外とはほぼ誰とも会わなかったし、入学式だから部活の朝練なんてなかったんじゃない?」

「『ほぼ』って何!? すげぇ気になる!」

変なところに食いついてくる。余計なことを言ってしまった。

「伊吹さんが先輩っぽい人にもその木彫りを渡してたみたい」

「男の先輩?」

「うん、優しそうな人だった」

「俺のほうが優しい」

自分で言っちゃったら台無しだ。

「その先輩もすっごく驚いてたみたいだけど」

「そりゃ誰でも驚くって。いきなり木でできた星を渡されても、一体何に使えばいいんだ?」

「うーん……お風呂でコップ載せるコースターとして使う、とか?」

「なっちゃん風呂ん中でなんか飲んでんの!?」

「え? 飲むよ。牛乳だけど」

「そ、そっか……道理で最近……」

視線が下に移動していく。

「エッチ!」

「あだっ」

思わず手に持っていた木彫りの星で頭を叩いてしまう。

「なるほど、こう使うんだ」

「いや、その使い方はマジでやめて」

改めて、木彫りの星を見つめる。手作りと思われるそれは、ところどころバランスが悪いところもあるけど綺麗な星の形をしている。彫刻に手慣れた人が作ったように感じられた。

伊吹さんが自分で作ったのだろうか。でもどこかで見たことあるような気がするんだよなあ。

「私の時は『これをさしあげます』って言ってたし、そっちの星はあんたへのプレゼントなんだよ、きっと」

「ぶっきーから俺へのプレゼント? 俺、ぶっきーになんかもらえるようなことしたっけ?」

こいつが伊吹さんにしたことと言えば、いきなり蹴りを入れたことと変なあだ名をつけたことだけだ。はっきり言ってろくなことをしていない。

「まぁいいや。なっちゃんとお揃いのもんをくれるなんて嬉しいぜ……サンキュー、ぶっきー」

気づくと、伊吹さんが逃げ帰った方向を目を細くして見ていた。この楽観的な単純思考が時々うらやましくなる。

「おぅ、なんだおまえら、まだいたのか」

別方向から聞き覚えのある声。

公園のほうからアッキーが戻ってきていた。近所中を走り回ってきたはずなのに、息ひとつ乱していない。もう孫がいる年齢だというのに、相変わらず元気な人だった。

「早苗先生は?」

「惜しいところまでいったんだがな……見失っちまった」

そんなアッキーをスピードで振り切ってしまう早苗先生もすごい人だと改めて思う。

「相変わらずだね」

「ああ。でも俺は久しぶりに見たぜ」

これが古河パンの日常。

私には毎度お馴染みのことだけど、中学の時は部活で忙しかったこいつにとっては久しぶりの風景だったらしい。

「お、そうだ、ちょうどいい。おまえら、ちょっと待ってろよ」

アッキーが店内に入っていくのを目の当たりにして、私たちは顔を見合わせる。

「嫌な予感がするんだけど……」

「俺もだ」

すぐにアッキーが大きめの紙袋を手に戻ってくる。

「これを持ってけ」

その中身は聞くまでもなくわかる。

「今日は二個もいただきました。これ以上は遠慮しておきます」

「なっちゃんとお揃いのおみやげは嬉しいけど、さすがにこいつは勘弁してほしいっす……」

ふたりして丁重にお断りする。

「おいおい夏海、おめぇ早苗のパンなんかに負けてるようじゃ、一人前の忍者にゃなれねぇぞ」

「勝つも負けるもないです。忍者になんてなりませんから」

「なんだとぅ!」

無駄に声を荒げて凄んでみせる。

アッキーがこんな調子でオーバーリアクションを取る時は、大抵ろくでもないことを言い出す前触れだ。

「夏海ぃ、おめぇが立派な忍者になるって誓ったあの日は嘘だってのかよぉ……」

なぜか急に芝居がかったセリフ。

そんなこと誓ってないし、忍者の話をしたのは今朝だ。

「なっちゃんが忍者に……。くの一なっちゃんか……」

その言葉を聞いた隣のアホが、なんか遠くを見るような目をしている。

「……いいな、それっ」

「だろ?」

「エッチな想像はダメですよ?」

笑顔で木彫りの星をさっと構えてみせる。

「はい、もうしません!」

「なんだなんだ。もう尻に敷かれてやがんのか、てめぇは」

「うん、敷かれてる。でもすげぇ幸せ」

「敷いてません! ……って、そんな関係じゃありません! ていうかあんたも否定しろっ!」

全力でツッコむも、やっぱりこいつは嬉しそうな顔。

「……はぁ」

結局私が何をしても喜ぶから、怒るのもツッコむのも馬鹿馬鹿しくなってくる。

ため息をつく私をよそに、アッキーがマイペースに話を続ける。

「まぁ忍者の話はどうでもいい。そんなことよりも、だ」

あなたが言い出したことでしょーが。

「さあ、早苗のパンを持って帰ってもらおうかっ」

「い、いえ……遠慮……」

さっきからやけにテンション高いなあ。このままだと押し切られてしまいそう。

「さあさあさあ!」

歌舞伎みたいなコブシのきいた言い方で、ずいずいと紙袋を押しつけてくる。

「さあっ、さあさあっ!」

「うぅぅ……」

「あっ、早苗先生!」

勢いに押されて後ずさる私の前に横からかばうように出てきた隣のあいつが、アッキーの後ろを指差す。

「なにィ!」

風を切るほどの勢いで後ろを振り向くアッキーだったが、特に人影は見当たらない。

「逃げるぞ、なっちゃん!」

「う、うん」

無邪気な笑顔で私の手を取り、駆け出す。

数年ぶりに繋いだその手は、ごつごつしてて、大きくて……温かかった。

CLANNATSU ☆4に続く。